国際取引による野生生物の絶滅を防ぐ目的で1975年に発効した条約。日本は80年に条約を締結した。象牙の国際取引禁止の他、ライオンやカバの取引では輸出国の許可証の発行を義務付けている。条約事務局によると、象牙の国内取引を容認しているのは少なくとも6カ国。ゾウが生息しない国では、日本、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国が法律で国内取引を禁止していない。
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「野生動植物の一定の種が過度に国際取引に利用されることのないようこれらの種を保護する」(条約前文)ことを目的とした条約。
野生生物とその製品の国際取引は古くから存在したが、20世紀後半に入って国際取引が野生生物種の絶滅や個体数減少に大きく加担しているのではないかという懸念が強くなり、国際取引を規制する条約の制定を求める動きが始まった。そして1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)において条約の早期締結が勧告されたことを受け、アメリカ政府と国際自然保護連合(IUCN)が中心となって条約作成作業を進めた結果、本条約が1973年3月にワシントンD.C.で採択され、1975年7月に発効した。日本語の正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」といい、その英語名称「Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora」の頭文字を取ってCITES(サイテス)、あるいは条約が採択された国際会議の開催都市にちなんでワシントン条約とよばれる。2023年3月時点で、国連加盟193か国中183か国とヨーロッパ連合(EU)が加盟している(日本は1980年に加盟)。
[石井信夫 2023年10月18日]
この条約は条文のほかに規制対象となる動植物のリスト(附属書Ⅰ~Ⅲ)からなる。附属書Ⅰには絶滅のおそれが高く、取引の影響を受けているかその可能性があるものが掲載され、商業目的の国際取引が原則禁止される(飼育繁殖個体の取引、学術・研究目的の輸出入などは認められることがある)。Ⅱには国際取引を規制しないと絶滅のおそれが生じる種、また、その種自体に絶滅のおそれはないが条約の運用上必要な種(絶滅危惧種の類似種など)が掲載され、取引は許可制となっている。Ⅲには自国産個体の国際取引を規制するためにほかの締約国の協力(原産地証明書の発給など)を求める種が掲載される。ⅠとⅡの変更は数年おきに開かれる締約国会議での採択が必要で、Ⅲの掲載種は加盟国が独自に指定できる。附属書Ⅰにはアジアゾウ、チンパンジー、トキ、オオサンショウウオ、アジアアロワナなどが、Ⅱにはライオン、カバ、アミメニシキヘビ、サボテン、ランなどが掲載されている。2023年2月時点で、附属書全体として動物が約6610種(亜種、特定の国や地域・海域の個体群を含む)、植物が約3万4310種、合計約4万0920種が掲載されている。
[石井信夫 2023年10月18日]
日本は、本条約による規制の履行のために「外国為替(かわせ)及び外国貿易法」(外為(がいため)法)に基づいて輸出入の水際規制を行っている。さらに、附属書Ⅰ掲載種については、1992年(平成4)制定の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)に基づき国際希少野生動植物種に指定して国内取引を規制している。
[石井信夫 2023年10月18日]
条約第4条には「附属書Ⅱに掲げるいずれかの種につき、その属する生態系における役割を果たすことのできる個体数の水準及び附属書Ⅰに掲げることとなるような当該いずれかの種の個体数の水準よりも十分に高い個体数の水準を当該いずれかの種の分布地域全体にわたって維持する」とあり、利用レベルが単に持続可能(絶滅のおそれがなく、附属書Ⅰに掲載されないような個体数を維持できる)というだけでなく、当該種の生態系における役割にも留意すべきことが述べられている。
[石井信夫 2023年10月18日]
野生生物の商取引は、基本的に種の存続に悪影響を及ぼす行為であり、できるだけ抑制・禁止することが望ましいと考えられがちである。しかし、附属書Ⅰ掲載による商取引の禁止が保全にマイナスに作用する場合もある。それは、とくに陸生生物の場合、その生息地と人間の生活場所とが重なっていることに起因する。野生生物種の存続を脅かす要因は、第一に生息地の改変・消失であり、ついで過剰利用ならびに外来生物である。国際取引の対象となる野生生物が多く生息する一方で経済的余裕のない途上国ではとくに、野生生物が合法的な経済価値を失えば、生息地がより経済性の高いほかの土地利用(農耕地・放牧地など)に転換されたり、ゾウやワニのように共存がむずかしい動物であれば駆逐されたりすることが起きやすい。また、需要は簡単になくならないので、合法的取引の禁止は密猟や密輸といった違法行為を招く。その結果、対象種と生息地の減少は継続する。実際、条約発効当初(1975)から附属書Ⅰに掲載されているサイ類の多くやトラでは、国際取引禁止による生息状況の改善はみられない。他方、十分な管理のもとで商取引を行い、その経済的利益を保全活動や地域開発に還元すれば、地域社会や政府担当部局の経済的自立を助け、密猟の防止や保全への地域社会の支持・協力も得られ、違法行為の減少や野生生物とその生息地の保全につながる。このようなやり方が効を奏した好例がナイルワニやビクーニャ(南米産ラクダ類の一種)で、両種ともに当初は密猟などによる絶滅危惧状態にあったため種全体が附属書Ⅰに掲載されていたが、野生個体から得られる産物(ワニの場合は野外で採取された卵や幼体を育てた個体の皮革、ビクーニャでは生け捕り個体から刈り取った毛)の合法的な商取引を認め、収益を地域社会に還元するしくみが導入された結果、多くの国や地域で個体群が回復し、現在は附属書Ⅱに移行している。以上のような考え方は第8回締約国会議(1992)で採択された決議8.3(番号は何回目の締約国会議で採択された何番目の決議かを表す)「野生生物取引の利益に関する認識」のなかで「締約国会議は、当該種の存続に有害でないレベルで行われるならば、商業取引は、種と生態系の保全、及び地域住民の発展のいずれか、もしくは両方にとって有益となるであろうことを(略)認識する。」と明文化されている。
[石井信夫 2023年10月18日]
決議8.3に関連して、決議16.6「条約と生計」がある。条約の前文には「国民及び国家がそれぞれの国における野生動植物の最良の保護者であり、また、最良の保護者でなければならないことを認識し」と書かれている。しかし、ある野生動植物種についての附属書改定が、原産国の住民による当該種の利用を制限し、その生計に大きな影響を及ぼすことがある。決議13.6は、第13回締約国会議(2004)において決議8.3が改訂され、「締約国会議は(略)CITES附属書への掲載を決定するにあたっては、貧困層の生計に及ぼす潜在的な影響を考慮すべきであることを認識する」という文言が付加されたことを受けて、この問題についての勧告が記述されたものである。条約の運用にあたり発展途上地域が多い原産国の意向を尊重しようとする動きの一つである。
[石井信夫 2023年10月18日]
近年、漁業対象種やペット取引対象となる爬虫(はちゅう)両生類の附属書掲載が増加傾向にある。しかし、条約の規制対象外だった種が附属書に掲載されるということは、原産国だけではその種を守ることができず、他国の協力が必要になったことを意味する。また、附属書ⅡからⅠへの移行は、附属書Ⅱ掲載による取引規制がうまくいかず、絶滅のおそれが生じたということである。Ⅰに掲載されれば国際取引が禁止され、合法的取引がもたらす経済的利益を原産国が得ることはできなくなる。これらはいずれも保全の失敗である。これに対して、附属書ⅠからⅡへの移行は、その種が取引可能な状態に回復したことを意味する。さらに附属書Ⅱから外れることは、原産国だけでその種の保全ができるということであり、こうした変化はいずれも保全の成功である。しかし、附属書への掲載自体に保全上の効果を期待したり、保全上の効果にかかわらず野生生物の商取引は基本的に認めるべきでないと考える国や団体もあることから、附属書掲載種は増加する傾向にあり、また、ⅠからⅡへの移行、Ⅱからの削除はむずかしいのが実状である。
[石井信夫 2023年10月18日]
アフリカゾウ(現在では別種とされることが多いサバンナゾウとマルミミゾウは条約上1種の扱いとなっている)は、1977年から附属書Ⅱに掲載されていた。しかし、1980年代に象牙(ぞうげ)目当ての密猟によって個体数が120万頭から60万頭に半減したという調査結果が公表されたことから、アフリカゾウの絶滅を防ぐために象牙取引を全面禁止すべきという論調が高まり、第7回締約国会議(1989)で種全体が附属書Ⅰに移行された。その後、南部アフリカ4か国(ジンバブエ、ナミビア、ボツワナ、南アフリカ)の個体群は絶滅のおそれが低いとして附属書Ⅱに戻されたが、象牙の合法取引が認められたのは2回(1999年と2009年)だけである。締約国会議では、保全に資する象牙の合法取引を望む国々があるものの、合法取引は違法行為を助長し保全に悪影響を及ぼすという意見が強く、上記の例外を除いて取引は認められていない。ある地域の密猟レベルとその地域の貧困や国の統治状況、アジアにおける象牙需要との強い相関が明らかになっている一方、日本に代表される規制された合法市場に密猟由来の象牙が流入している事実は知られていない。現在も高いレベルで続いている違法行為の抑制には、根本的問題(実質的規制のない象牙市場、密猟を惹起(じゃっき)する政治社会経済状況)に直接取り組むことが必須(ひっす)と考えられる。
[石井信夫 2023年10月18日]
『中野秀樹・高橋紀夫編『魚たちとワシントン条約――マグロ・サメからナマコ・深海サンゴまで』(2016・文一総合出版)』
正式名称は〈絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora〉。略称CITES。通称はこの条約採択のための全権会議が開催された地名にちなむ。1972年6月,ストックホルムで開かれた国連人間環境会議の勧告の一つ〈野生動植物の特定の種の輸出,輸入及び輸送に関する条約案を作成し,採択するために,適当な政府又は政府間組織の主催による会議をできるだけ早期に召集する〉に従って,73年ワシントンにおいて,そのための全権会議が開かれ,3月3日,冒頭に示す名称の条約が採択され,75年7月1日より発効した。
本条約は,規制対象とする動植物の種を条約の付属書に掲げている。すなわち付属書1 絶滅のおそれのあるもの,付属書2 必ずしも絶滅のおそれはないが規制を要するもの,付属書3 締約国が自国内で規制を行う必要があると認め,取引の取締り上,他の当事国の協力を必要とするものの3種に分類されるものである。具体的には,輸出入の際,管理当局が輸出許可証の発行,チェックを行い,その際,科学当局が種の存続を脅かさないかどうかを判断することとしている。日本は会議の当初から参画したが,この条約の批准がひどく遅れ,80年にやっと国会の承認を得,同年11月4日より発効した。しかも水産業界,皮革業界などの関係業界との利害関係から11種類もの規制が留保された。これは文明国としては例をみない多さで,この条約の効率を著しく減殺させるものと,内外からの批判が強い。この条約を各国で完全に施行させるべくIUCN(国際自然保護連合)は,野生動植物国際取引調査記録特別委員会(Traffic)を設け,その事務局,野生動植物貿易調査機構(WTMU)をイギリスのケンブリッジに置いた。その地域事務所ともいうべきトラフィック・ジャパンは82年6月,アジア地域で最初のものとしてWWFJ(世界自然保護基金日本委員会)に置かれた。
97年6月現在,ワシントン条約締約国は135ヵ国である。日本は,野生動植物の生体および加工原料としての皮革,きば,骨,羽毛などの輸入量がとくに多い国なので,本条約発効以前から国際的にきびしい批判の目でみられていた。ワシントン条約発効後も法の盲点をくぐったり,密輸入など法に反する行為が多くて,内外からの叱責(しつせき)を受けることが多く,適切な国内法の整備が要請されていたが,1987年,ようやく〈絶滅のおそれのある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律〉が制定された。
執筆者:柴田 敏隆
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(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)
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…建造中におけるアメリカ=北軍の警告と抗議にもかかわらず,建造後同船はポルトガル領アゾレス諸島で武器,弾薬,兵員の供給を受け,64年に撃沈されるまで北軍に属する商船の捕獲に従事し,北軍に多大の損害を与えた。戦後,アメリカの損害賠償請求により,71年の英米のワシントン条約によって仲裁裁判に付せられ,翌72年イギリスの中立義務違反が認定された。本件により,交戦国の海軍作戦のために用いる意図のある軍艦を中立国領域内で建造または艤装(ぎそう)しえないことが認められ,ワシントン条約の定める規則は1907年の〈海戦ノ場合ニ於ケル中立国ノ権利義務ニ関スル条約〉に大部分とりいれられた。…
…実生も可能だが,葉挿しはできない。絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を制限したワシントン条約のII項にアロエ属の全種が該当し,輸出入に際しては輸出国の輸出許可書が必要とされる。輸出許可書があればI項に指定されているものを除き,商業用の取引ができる。…
…したがって,毛皮獣には,ヒツジ,ウサギなどの家畜から,イタチ科,イヌ科,ネコ科,アライグマ科,リス科,アザラシ科,モグラ科,有袋類(ワラビー,カンガルー),鰭脚(ききやく)類(オットセイ,アザラシ),霊長類(クロシロコロブス)などの野生動物,1920‐30年代から家畜化されるようになったミンク,キツネなどの毛皮用養殖動物など,多様な哺乳類が含まれる。これらのうち,野生動物の毛皮の取引は,絶滅のおそれのある種の商業取引を規制する国際的取決めであるワシントン条約(CITES)によって,きびしく制限されている。【今泉 吉晴】。…
※「ワシントン条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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