日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
トリストラム・シャンディの生涯と意見
とりすとらむしゃんでぃのしょうがいといけん
The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentleman
イギリスの作家L・スターンの長編小説。1760~1767年にわたり、二巻ずつ継続的に出版、1767年の第九巻で未完のまま終わった。イギリス文学だけでなく世界文学史上にも珍しい奇作。筋らしい筋はほとんどなく、主人公は第三巻の終わり近くにやっと誕生、ついに子供のままで、「生涯と意見」という表題にもかかわらず、その生涯を描いた作とはいいがたい。「尾頭の心もとなきこと海鼠(なまこ)のごとし」とは夏目漱石(そうせき)の評で、話は脱線また脱線、何を語るつもりかとらえにくい。エッセイ的小説という評もあるが、ジョイス、ウルフら「意識の流れ」を追究する作家が勢いを得てからは、その遠い源流とみなされもした。主人公の父ウォルター、その弟トービー叔父、その配下トリム伍長(ごちょう)など、印象深い人物群の存在がこの作を支えている。とぼけた感じの作者独特のユーモアは、物語性を無視したその卓見とともに、ユニークな味を生み、いまなお愛読者をもち続けている。
[朱牟田夏雄]
『朱牟田夏雄訳『トリストラム・シャンディの生涯と意見』全3冊(岩波文庫)』