ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トルクマンチャイ条約」の意味・わかりやすい解説 トルクマンチャイ条約トルクマンチャイじょうやくTreaty of Turkmanchai 1828年2月 10日にロシアとイランの間に結ばれた条約。 26年の第2次ロシア=イラン戦争はザカフカスの国境をめぐって戦われたが,イギリスの調停で,トルクマンチャイ条約が締結された。この条約はその後ロシア革命にいたるまで長期にわたってイランを苦しめた不平等条約の出発点となり,その後ヨーロッパ諸国と結ばれた条約はすべてこの条約を規準とした。条約はイラン国を代表するものとしてカージャール朝の王だけを認め,やがて「国民」の権利意識の覚醒によって起るイラン立憲革命にとって不利な条約となった。領土について,イランはアルメニアとナフジワーンを失い,アラス川を国境線とするほぼ現在の国境が画定された。条約は治外法権をロシア側に認め,また関税をロシア側に有利に定めた通商条約も付された。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by