日本大百科全書(ニッポニカ) 「トロイルスとクリセイデ」の意味・わかりやすい解説
トロイルスとクリセイデ
とろいるすとくりせいで
Troilus and Criseyde
中世イギリスの詩人チョーサーの代表作の一つ。ライム・ロイアルという詩型によって書かれた、トロイの勇将トロイルスとクリセイデの恋物語。全五巻。1385年ごろ完成。作者はボッカチオの『フィローストラト(恋の虜(とりこ))』を典拠としたが、独自の運命観、人間観、恋愛観に基づき、原著に無数の加筆、潤色、改変を加え、登場人物の性格、物語の構成に劇的な膨らみを与えている。ひとたび成就したトロイルスとクリセイデの地上的愛(エロス)は、クリセイデの裏切りによって崩壊するが、トロイルスは、死後、天上の愛(アガペー)の理念に到達することによって救済される。このように作者は、悲恋に終わる主人公の地上的・現世的愛に、天上の神への愛を対置し、聖と俗、時間と永遠という課題に関する二元論的価値観を、もっとも円熟した形で提示することにより、イギリス文学におけるトロイルス伝説の系譜(ヘンリソン、シェークスピア、ドライデン)のなかで、もっとも豊潤な作品を創造したといえよう。
[安東伸介]
『刈田元司訳『恋のとりこ(トロイルスとクリセイデ)』(1949・新月社)』