日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニューウェーブSF」の意味・わかりやすい解説
ニューウェーブSF
にゅーうぇーぶえすえふ
New Wave SF
1960年代から70年代にかけて、イギリスを中心に展開された、新しいSFを探求する動きを、「ニューウェーブ(新しい波)」という。
H・G・ウェルズらによって19世紀後半から始まった近代SFは、20世紀に入ってアメリカで大きく発展し、1940~50年代には大衆文学の一つのジャンルとして確立した位置を占めるに至ったが、小説としての質、また、SFという新しい小説の核ともいうべき「科学・技術」に対する視点において、アメリカSFは大きな問題を抱えていた。単純な科学的アイディアのみに立脚したステレオタイプSFが量産され、そこに示された「科学技術によって達成されるバラ色の未来」のイメージは、「銀河帝国主義的反動思想」とも呼ぶべき(生産している側が、それをどれだけ思想として意識していたかはともかくも)極めて一面的なものでしかなかった。
こうしたアメリカSFのあり方に異を唱えたのが、ブライアン・W・オールディス、J・G・バラードを中心とするイギリスの作家たちである。彼らは『ニューワールズ』誌を主要な活動の場とし、科学的アイディアを主眼とするいわゆるハードSFに対して、人間の心理や社会状況など「ソフト」面に重心を置いた多彩なテーマの作品を次々と発表(ニューウェーブを表象する言明として、バラードは、「これからのSFが探索すべきは、外宇宙ではなく、人間の意識の内宇宙だ」というふうに述べている)、SFという新しい小説の可能性の領域を大きく広げていった。『ニューワールズ』誌は、1964年にSF作家・ロックミュージシャンのマイクル・ムアコックMichael Moorcock(1939― )が編集長となって一挙に先鋭化し、新しいSFへの志向性に同調するトマス・M・ディッシュThomas M. Disch(1940― )、ジョン・スラデックJohn Thomas Sladek(1937― )、サミュエル・R・ディレーニSamuel R. Delany(1942― )といったアメリカ作家たちや、イギリスの若手作家たちが続々と新しい実験的な作品を寄せるようになっていった。こうした動きは世界的に波及し、日本でも70年に『季刊NW-SF』誌が創刊されている。
ニューウェーブという呼称は、60年代のフランス映画界の「ヌーベルバーグ」を借用したもので、さらに、70年代後半のロックミュージック界で使われるようになった「ニューウェーブ」という用語は、SFにおけるニューウェーブの転用である。ニューウェーブ(特にバラード)は、SF界にとどまらず、映画、音楽、アートなど、広範な文化シーンに影響を与えるに至ったわけだが、これはニューウェーブそのものが、60年代後半からの、若い世代による世界的な変革の動きに連動したものだったからだといっていいだろう。80年代以降、世界の鎮静化とともに、ニューウェーブは自然消滅したが、バラードらが提示した新しいSFの可能性は、サイバーパンクやフェミニズムSFに引き継がれ、さらには広く現代小説の一つの基底を形作るものともなっている。
[山田和子]
『J・G・バラード著、法水金太郎訳『残虐行為展覧会』(1980・工作舎)』▽『J・G・バラード著、柳下毅一郎訳『クラッシュ』(1992・ペヨトル工房)』▽『ブライアン・W・オールディス著、深町眞理子訳『グレイベアド――子供のいない惑星』(創元SF文庫)』▽『ブライアン・W・オールディス著、伊藤典夫訳『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫)』▽『ラングドン・ジョーンズ編、野口幸夫訳『新しいSF』(サンリオSF文庫)』▽『ハーラン・エリスン編、伊藤典夫訳『危険なヴィジョン』1(ハヤカワ文庫)』▽『『季刊NW-SF』1~18号(1970~82・NW-SF社)』▽『Judith Merril, ed.England Swings SF(1968, ACE, New York)』