サイエンス・フィクションscience fictionの略で、かつては「科学小説」または「空想科学小説」の語があてられていた。現在はそのまま用いられる。
[厚木 淳]
S(サイエンス)とF(フィクション)のかかわりに対する認識の相違から、広く公認された定義はまだ確立していない。SFが内容と形式の点で多様化している現在、いったん下された定義はつねに修正の必要に迫られているのが実状である。いわばSF作家の数ほどにもSFの定義があり、しかもどの定義にも何かが欠けているといえる。SF評論家でもあるイギリスの作家キングスリー・エイミスは、「SFとは、われわれの知る世界にはおこりえない状況、しかし人類のものと地球外文化のものとを問わず、科学や技術、あるいは擬似科学や擬似技術のなんらかの革新を基礎として仮想された状況を扱う散文物語」と定義している。明快な規定で、一般的にはこれで十分といえるが、ただ現在のSFでは科学が大きな役割を占めない場合もあり、また科学的合理性に立脚するとも限らない。そこでこの散文物語ということばをブライアン・オールディスの定義によって補足すれば、ほぼ妥当なものになると思われる。「SFとは人間と宇宙におけるそのあり方に対する定義――現代の進歩した、だが混乱した知識の状態(科学)のなかでも変質しない定義――を追求するものであり、特徴としてはゴシック、あるいはポスト・ゴシック小説の形式を継ぐものである」と。SFは18世紀のゴシック・ロマンに始まる広義のファンタジー(幻想文学)から派生したもので、したがって一方の極に擬似科学的説明に重点を置くハードSFと、もう一方の極にファンタジーが混在する広い分野なのである。狭義のSFとは、このファンタジーからSFを区別する意味でも使われるが、両者の中間にはSF的ファンタジーもあり、これが、定義を複雑化する一因ともなっている。
[厚木 淳]
テーマによって便宜上次の七つに分類できる。
(1)宇宙旅行と異生物テーマ スペース・オペラやファースト・コンタクト物語もこのなかに含まれる。
(2)未来社会テーマ ユートピア小説、アンチ・ユートピア小説など、文明批評と風刺を主眼とした作品が多い。
(3)超能力テーマ ミュータントやエスパーを主人公にした作品。それが旧来のヒトに変わる新人類の誕生を意味する場合は、人類進化テーマともいわれる。
(4)破滅テーマ 外宇宙からの脅威や核戦争、あるいは天変地異による環境破壊で絶滅の危機にみまわれる人類を描くもの。
(5)ロボット・テーマ 金属的なロボットから高度の知能を備えたアンドロイドまで、人造人間にもさまざまな段階がある。
(6)時間・次元テーマ 過去や未来へのタイム・トラベルと、われわれの知覚しうる宇宙と平行して存在する異次元世界への移行を主題とするもの。
(7)幻想世界テーマ SF的な幻想小説。一般文学とSFの接点となりうるような高踏的な作品が少なくない。
このほかにも、推理小説の趣向をSFに導入した犯人探しのSFミステリーという分野もある。たとえば、逃亡犯人がアンドロイドで、捜査官が超能力者というぐあいに、前述の各テーマを一つの作品のなかでいくつも組み合わせて使う場合が多い。
[厚木 淳]
定義と同様、SFの起源にもさまざまな異説がある。しかしSFが社会的、科学技術的変革の可能性を前提とするからには、産業革命の胎動のなかに誕生したとみるべきであり、シェリー夫人(メアリー・シェリー)の『フランケンシュタイン』(1818)をSFの原点とする見方が現在定着している。したがって18世紀のスウィフトの『ガリバー旅行記』やボルテールの『ミクロメガス』などの幻想的風刺文学はSF前史として一括される。19世紀前半にSFの誕生に貢献したもう1人の作家は『ハンス・プファアルの無類の冒険』(1835)などの作品で科学知識と論理性を文学に持ち込んだE・A・ポーである。現在、世界のSF二大国であるアメリカ、イギリス両国がSF誕生の時点で、シェリー夫人とポーという先駆者をそれぞれ生んでいることは注目に値する。
19世紀後半以降のSFの動向に関しては、三つの大きな山がある。(1)ジュール・ベルヌの登場、(2)H・G・ウェルズの登場、(3)新雑誌『アメージング・ストーリーズ』の創刊、の三つで、ベルヌの処女作『気球に乗って五週間』(1863)を起点として、ほぼ30年周期で発生している。
近未来の科学技術の衝撃を主題にしたベルヌの数々の冒険小説は商業的に大成功を収め、これが契機となってSFと一般文学は相互に交流するようになった。直接間接SFの分野に影響を及ぼした当時のおもな作品で邦訳のあるものを列挙してみると、サミュエル・バトラーの『エレホン』、ライダー・ハガードの『洞窟(どうくつ)の女王』、ビリエ・ド・リラダンの『未来のイブ』、スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』、マーク・トウェーンの『アーサー王宮廷のヤンキー』などである。これらの作品はそれぞれユートピア、ロスト・ワールド、ロボット、マッド・サイエンティスト、タイム・トラベルを主題にしているが、いずれもSFの基本テーマとしてその後定着している。H・G・ウェルズは処女作『タイム・マシン』(1895)を皮切りに豊富な科学的アイデアを駆使してSFを書いたが、未来予測のなかにペシミスティックな考察を導入して、楽天的なベルヌとの対照をみせ、また『宇宙戦争』によって侵略テーマをこの分野に導入した。
1890年代、ウェルズ登場の直後、製紙技術の改良によって雑誌用の安価な用紙の大量生産が可能になり、アメリカでパルプ・マガジンの誕生という出版革命が起こり、SFは発表の場を一躍拡大した。これらの雑誌は比較的若い読者を対象にしてあらゆる種類の大衆小説を載せたが、その一つ『オール・ストーリー』誌にE・R・バローズが1912年に発表した『火星の月の下で』(のち『火星のプリンセス』と改題)は大成功を収め、冒険SFの典型として後代のスペース・オペラやヒロイック・ファンタジーに決定的な影響を与えた。このころイギリスではコナン・ドイル、すこし遅れてステープルドンWilliam Olaf Stapledon(1886―1950)、A・ハクスリーらがSFを手がけた。ベルヌ以降後継者を欠いたフランスは沈黙し、二つの世界大戦の期間を通じてこの分野に直接貢献した作家としては、チェコのK・チャペック、ソ連のベリャーエフ、ザミャーチン、エフレーモフ、ポーランドのS・レムらで、十指に満たない。
1926年、H・ガーンズバックによって世界で最初のSF専門誌『アメージング・ストーリーズ』がアメリカで創刊された。それまで推理小説、怪奇小説、西部小説などと肩を並べてパルプ・マガジンに掲載されていたSFは、文学上の一ジャンルとして独立することになり、やがてサイエンス・フィクションという呼称も普及した。1930年代はスペース・オペラの全盛時代で、E・E・スミス、M・ラインスター、E・ハミルトン、J・ウィリアムスンらの初期のSF専門作家が輩出した。この時期の作品は科学性を強調するあまり玉石混交で、SFとは荒唐無稽(こうとうむけい)な子供だましの読み物という評価を反面で生んだ。
次の時代、1938年から1946年(ほぼ第二次世界大戦の期間)、J・W・キャンベル編集のもとに『アスタウンディングSF』誌はいわゆる「黄金時代」を迎え、R・A・ハインライン、バン・ボークト、T・スタージョン、I・アシモフ、C・シマックら現代SFの巨匠たちが誕生した。前代の作家たちの楽天的な冒険SF志向に対して、彼らはテクノロジー志向で、しかも小説技法は一段と洗練され、文学作品としての成熟の度を加えた。
その後を受けて1950年代のSFをリードしたのが新雑誌『ギャラクシー』で、ここを舞台にA・ベスター、コーンブルースCyril M. Kornbluth(1923―1958)、ポールFrederik George Pohl, Jr.(1919―2013)、R・シェクリー、W・テンらが多彩な活動を展開し、F・ブラウンも従来のSFにはみられなかった洒脱(しゃだつ)軽妙なショート・ショートの名手として活躍し、またハードSFの分野ではハル・クレメントが登場した。第二次世界大戦後のSFの特色は、テクノロジー志向から社会学志向の転換に伴って、作家たちの関心が機械工学、天文学、物理学などのハード・サイエンスから、生物学、生態学、心理学などソフト・サイエンスへ移行したことで、I・アシモフはSFの三段階発展説を唱えて、この傾向を、自然科学、社会科学、人文科学への変化と規定した。
ウェルズ以来の伝統を誇るイギリスは、第二次世界大戦後A・C・クラークやJ・ウィンダムのような逸材を生んで気を吐いたが、1960年代になると「ニュー・ウェーブ」とよばれる運動が生まれた。J・G・バラードとB・オールディスがその中心となる作家で、流派としてスローガンを掲げた運動ではないので定義しにくいが、地球と人類の終末を予測するペシミズムと、それに対応する人間の内宇宙を新しいスタイルで探求した試みといえよう。自然科学から社会科学へとアイデアを広げてきたSFは、ここでさらに深層心理学の領域にまで立ち入ってきた。「ニュー・ウェーブ」の波紋は1970年代を通じて現在まで続いており、現代SFの前衛では一般文学との障壁が消滅しつつある。J・G・バラードやK・ボネガットやハーラン・エリスンHarlan Jay Ellison(1934―2018)の作品は、かならずしもSFと銘打つ必要がないかもしれないし、一方、近未来に予測される地球上の異変や政治・経済的パニックなどはSF作家が独占する主題ではなくなっている。ピーター・ニコルズPeter Nicholls(1939―2018)の言によれば、SFは(文学として)成熟したあまり、逆説的にいうならば、SFとしての存在をやめてしまったのかという疑問も生じる。これに関連して特記すべきことは、パルプ・マガジンの出現に続く第二の出版革命ともいうべき1950、1960年代のペーパーバックによる大量生産方式である。戦前、雑誌掲載のまま放置されていたり絶版状態にあった名作が、これによって多数復刊された。なかでも『コナン・シリーズ』のR・E・ハワードと『火星シリーズ』のE・R・バローズは爆発的リバイバル現象を生んだが、これは前衛化していく現在のSFに対する反動、古きよき時代の冒険SFへの回帰願望とみることもできる。
1980年代から1990年代にかけては、前代の巨匠たちのあとを受けてホーガンJames P. Hogan(1941―2010)、ラリー・ニーブンLarry Niven(1938― )、ルーディ・ラッカーRudy Rucker(1946― )、グレッグ・ベアGreg Bear(1951―2022)が登場し、女性作家ではビジョルドLois McMaster Bujold(1949― )、ブラッドリーMarion Zimmer Bradley(1930―1999)、アン・マキャフリーAnne McCaffrey(1926―2011)などが多彩な活動をみせている。また、社会全体のハイテク化に伴って、コンピュータ・ネットワークが管理する未来社会を描くサイバーパンク、半導体などの微細加工技術(たとえば機械や機具を分子レベルにまで縮小する)などを取り上げるナノテクノロジー、さらには人工知能、あるいは量子力学に基づく多元宇宙がハードSFのテーマとして登場している。これはある意味でSFの前衛的な主題が、ポピュラー・サイエンスの動向に比例していることを意味するが、その反面、オースン・スコット・カードOrson Scott Card(1951― )やビジョルドなどの伝統的な冒険SFも歓迎されている。
[厚木 淳]
近代小説としてのSFの紹介は1878年(明治11)川島忠之助の訳によるジュール・ベルヌの『新説八十日間世界一周』の刊行によって始まった。明治10年代には引き続きベルヌの主要作品が10冊以上も翻訳され、明治維新後の日本がいかに欧米文化の輸入に急であったかを示している。最初の国産SF的作品は、未来戦争と新兵器の活躍をテーマにした押川春浪(おしかわしゅんろう)の『海底軍艦』(1900)で、日本の富国強兵策を背景にして当時の青少年から愛読された。しかしこうした先駆的動向も、明治文壇の自然主義思潮と私小説の流行によって、通俗読み物として蔑視(べっし)され、日本のSFは長い不毛の時期を迎えることになる。大正期を通じてわずかに残っていたファンタジーの分野は、児童読み物で、立川文庫の『猿飛佐助』などの忍術小説だけといってよい(この日本人好みのファンタジーは、昭和30年代に山田風太郎(ふうたろう)の『忍法帖(にんぽうちょう)シリーズ』として近代的解釈を施されて再生する)。昭和期に入ると、探偵小説雑誌『新青年』を舞台に海野十三(うんのじゅうざ)、蘭郁二郎(らんいくじろう)らがウェルズの影響のもとに、当時科学小説または空想科学小説とよばれたSFを書いたが、なかでも海野十三の『浮かぶ飛行島』『火星兵団』など少年向き科学冒険小説は、第二次世界大戦後のSFの本格的普及に際して、貴重な下地をつくった。
第二次世界大戦後、進駐軍とともにアメリカ文化が流入したが、SFがジャーナリズムをにぎわすのは1950年代後半からである。1957年にはSF同人誌『宇宙塵(じん)』が誕生、「ハヤカワ・SFシリーズ」が刊行を開始、翌年、安部公房(あべこうぼう)が『第四間氷期』を発表、1959年には初の商業専門誌『SFマガジン』創刊、1963年には「創元推理文庫」SF部門がスタートし、それぞれ欧米の古典から新作までの優れたSF作品の翻訳を定期的に供給してSFファン層を拡大していった。とくに、従来生硬のきらいがあった翻訳の質の向上にはみるべきものがある。こうした動向を背景に1960年代に入ると創作の面でも星新一、小松左京、光瀬龍(みつせりゅう)、眉村卓(まゆむらたく)、筒井康隆(つついやすたか)、半村良(はんむらりょう)、豊田有恒(ありつね)(1938―2023)、平井和正、1970年代には田中光二(こうじ)(1941― )、山田正紀(まさき)(1950― )、かんべむさし(1948― )、栗本薫(くりもとかおる)(1953―2009)、1980年代から1990年代にかけては菊地秀行(ひでゆき)(1949― )、田中芳樹(よしき)(1952― )、神林長平(かんばやしちょうへい)(1953― )、谷甲州(こうしゅう)(1951― )、森岡浩之(ひろゆき)(1962― )らのSF作家が登場し、ホラーやファンタジーの領域と境界を接する多極化現象が進んでいる。原子力と宇宙開発の国際化、先進工業国となった日本の目覚ましい技術革新、テレビによるSFアニメの流行、コンピュータとロボット時代の到来によって、SFは今後ますます多角的な展開をみせる傾向にある。
[厚木 淳]
『石川喬司著『SFの時代――日本SFの胎動と展望』(1977・奇想天外社)』▽『B・オールディス著、浅倉久志他訳『十億年の宴』(1980・東京創元社)』▽『R・スコールズ、E・ラブキン著、伊藤典夫他訳『SF――その歴史とヴィジョン』(1980・TBSブリタニカ)』▽『J・サドゥール著、鹿島茂・鈴木秀治訳『現代SFの歴史』(1984・早川書房)』▽『B・オールディス著、浅倉久志他訳『一兆年の宴』(1992・東京創元社)』▽『Peter NichollsThe Science Fiction Encyclopedia(1979, Doubleday, New York)』
もともとは科学小説を意味するサイエンス・フィクションscience fictionの略語であったが,いつか未来的なものや宇宙的なもの,または奇異なものの総称として使われるようになり,映画,音楽,美術,建築,哲学,社会学といった現代文化全域に広がったイメージ群の総体を指すようになった用語。それは大きく分けて次の三つに分類される。(1)主として少年少女向けの娯楽としての冒険活劇やメルヘン風の小説,映画,テレビドラマ,漫画,演劇,音楽,玩具など。この方面では宇宙船やロボット,コスチュームなどの道具立てが重要な役割を果たしている。(2)主として科学技術の予測,計画,普及,およびそれにともなう社会科学的な考察,ユートピア論,文明史など。この方面では情報と技術がさまざまの重要な役割を果たしている。(3)主として理論科学的な真理探究や哲学的な思考に重点をおくもので,いわゆる文学活動に近いが,新しい世界認識や小説手法による文学の改革運動にもなっている。この方面では理論,認識,思考が重要な役割を果たしている。以上三つのSFはそれぞれまったく異なった方向へ発展しており,メディアにおいても(1),(2)に関しては小説以外のものに中心が移行しつつある。このため,(3)に関しては英語圏でスペキュレーティブ・フィクションspeculative fictionという語をあてることも少なくなく,日本においてもとくに小説に対しては〈SF小説〉というように,二重にフィクションの語を使った表現をすることも多い。(1)~(3)を結びつけるものはあくまで小説であるが,(1)は主としてアメリカで,(2)はロシア・ソ連,東欧,アメリカなどで,(3)はイギリスで発達した。現代でも,国によってSFの概念はかなり異なっており,日本の国内においても世代や職業,教養,趣味のあり方によって大きなギャップがあるといってよいだろう。
世界最古の物語《ギルガメシュ叙事詩》以来,今日的にみればSFと呼べるような作品はつねに書かれてきたが,現代SFの諸要素がある種の小説に集結するのは,19世紀になって科学技術による進歩の概念が生まれてからである。M.シェリーの《フランケンシュタイン》(1818)は,当時流行していたゴシック・ロマンスとして書かれた作品で,今でいえば恐怖小説にあたるものだが,明らかに現代文明への予兆をとらえており,人造人間の製造と,それによって変化する人間観がテーマとなっている。いわば前述の(1)~(3)のすべての要素をもった最初の傑作SFと呼んでよいものである。こののち,ポー,ホーソーンがゴシック・ロマンスをさらに深みのあるものにし,アメリカ文学の基盤を築いたが,同時にアメリカにおける恐怖小説の伝統を生み,ラブクラフト,メリットA.Merrittなどに受け継がれてSFの基礎にもなる。この系譜はブラッドベリ,ライバーF.Leiberなど現代のアメリカSFにまで一つの流れを形成しており,恐怖小説誌《ウィアード・テールズ》(1923-54)はアメリカの大衆小説としてのSFを生む重要な土壌ともなった。しかし,真にSFに強力な方向性を与えたのは,フランスのベルヌとイギリスのH.G.ウェルズである。ベルヌは《月世界旅行》(1865)や《海底二万リーグ》(1870)において,科学技術による未来の夢と未知の世界への冒険をおおらかに展開し,自国以上にアメリカで大きな人気を得た。のちにアメリカの原子力潜水艦にノーチラスの名が与えられ,月へ向かった宇宙船にコロンビアの名が選ばれたが,これらはいずれもベルヌの小説に登場するものであり,ベルヌもまた未来の夢の舞台にアメリカを選ぶことが多かった。アメリカSFの父と呼ばれるガーンズバックH.Gernsbackは最初のSF専門誌《アメージング・ストーリーズ》を1926年に創刊し,ベルヌの夢と冒険をさらに発展させ,《ラルフ124C41+》(1911)においてさまざまな技術的発明を予言するとともに,スミスE.E.Smith,ウィリアムソンJ.Williamsonなどの人気作家を育てた。そして,少し早くから冒険小説を書いていたE.R.バローズやE.ハミルトンとともに〈スペース・オペラspace opera〉と呼ばれる宇宙冒険小説の全盛時代を迎えることになる。これは最初に示したSFの(1)の面として今日まで発展し続け,《スター・ウォーズ》や《スーパーマン》のような映画やテレビドラマの人気番組として普及した。一方,ウェルズはT.モア以来のユートピア小説の伝統を受け,戦争や労働問題と近代科学の間にある危険を感じながら,良識と技能の有効な利用によって理想世界を追求しようとした。《タイム・マシン》(1895)は時間旅行によって未来を見てきた男の物語だが,労働から完全に解放されて平和を得た人々の不幸をえがいており,《解放された世界》(1914)では核兵器の危険とともに,その抑止力をも提示した。事実この作品は原爆の開発に関して精神的な支えとなったといわれており,一方では世界国家,社会主義,自然保護,福祉社会,科学による病気や天災の克服といった理想が,のちの時代の大きな指針となった。
ウェルズの未来観はSFの(2)の面として今日まで数々の理想と警告を発し続けることになるが,イギリスではステープルドンO.Stapledonが遠大な未来史を展開し,C.S.ルイス,チェスタートン,オーウェル,A.ハクスリーなどもさまざまなユートピア小説を書いた。それはA.C.クラーク,オールディスB.W.Aldissらの現代のイギリスSFに受け継がれていく。ウェルズはベルヌと同じようにアメリカSFに大きな影響を与えており,ガーンズバック自身も熱心な支持者であったが,ウェルズ的な理想主義や文明観が強く投影されるのはキャンベルJ.W.Campbellが《アスタウンディング》誌を編集するようになった1938年以後である。キャンベルはこの雑誌からスペース・オペラを排除し,アシモフ,ハインライン,スタージョンT.Sturgeon,バン・ボートA.E.van Vogt,デル・リーL.del Reyなどの新しい作家を登場させ,SFの思考実験的な要素を全面的に打ち出した。こののち,アメリカSFの黄金時代と呼ばれるエポックを迎えることになる。しかし,今日的にみればこの時代のSFもウェルズの理想とベルヌの楽天性をつごうよく利用しただけの,アメリカ的プラグマティズムと事大主義ばかりが強調されたものでしかなかった。しかもSFのそうした面は今日まで受け継がれており,幾つかの大国が手を結べば(小さな民族の意志など無関係に)世界平和が実現するとか,ロボットに知性を与えながら人間に奉仕するものという前提を設けるなど,いわば思考実験としてはいとも御都合主義的なものでしかなかった。折しも60年代に入って環境汚染やベトナムでのアメリカの敗戦,月への人間の到着など幾つかの大きな事件が世界観の変更を求め,テクノロジー社会の行きづまりを人々が感じ始めたとき,〈新しい波(ニュー・ウェーブ)〉と呼ばれる改革運動が生まれた。イギリスではムアコックM.Moorcockが編集する《ニュー・ワールズ》が唯一のSF雑誌だったが,バラード,オールディスなど新しい作家たちの出現とともに,積極的にアメリカSFの批判を始め,これをアメリカではメリルJ.Merrilが支持し,ディレーニS.R.Delany,エリソンH.Ellison,ル・グイン,ウィルヘルムK.Wilhelm,ディッシュT.M.Dischといった新しい作家群が同様の主張のもとに登場したため,大きな論争をまき起こした。〈新しい波〉とともに登場した作家群にも,科学技術や社会状況に目を向けた作品は少なくないが,より大きな変化は人間の内面を重視し,理論科学的な世界観を追求するようになったことである。アメリカでは純文学の方面でもW.バローズ,ピンチョン,ボネガット,バース,バーセルミといった優れた作家たちが登場していたが,これらの作家もSFの影響を強く受けており,〈新しい波〉後のSF作家たちや,長く独自の創作を続けてきたP.K.ディック,ベスターA.Besterらとともにアメリカ文学の最前線の一部をSFが形成しているといっても過言ではないだろう。こうしてSFの(3)の面も確立したわけだが,もともとイギリスでは純文学とSFが明快にジャンルとして分化していたわけでもなく,ゴシック・ロマンスの巨匠ピークM.Peakeや〈怒れる若者たち〉として活躍したC.ウィルソン,シリトーAlan SillitoeなどのSF作品とともにバラードらの作品が広く評価されている。
ソビエト連邦では革命の前後にユートピア小説の名作ザミャーチンの《われら》(1924)やロケットの生みの親の一人といわれるチオルコフスキーの《月世界到着》(1920)など,さまざまなSFが書かれたが,《われら》は国内での刊行は認められず,ようやくイギリスで刊行されたものであり,ソ連では社会や科学技術の進歩に貢献する作品が歓迎された。そうした社会主義リアリズムSFともいうべきソ連SFの代表的な作家がI.A.エフレーモフで,結果的には彼の作品は黄金時代と呼ばれたころのアメリカSFと共通する面が多い。また大衆小説作家としてのベリャーエフの人気にはアメリカでのスペース・オペラの人気に共通するものがあり,ソ連時代のSFを代表するストルガツキー兄弟,ゴルG.S.Gor,ワルシャフスキーI.I.Varshavskiiといった作家たちの作品にはエフレーモフ的なものに対する批判の姿勢もうかがうことができるし,人間の内面性を扱うことで結果的に自由の問題をとり上げているものも多い。東欧圏ではロボットの名を生み出した《RUR--ロッサム万能ロボット会社》(1921)の作者チャペック(チェコスロバキア)は《山椒魚(さんしよううお)戦争》(1936)など多くの優れたSF作品で世界的な影響を残しており,現代ポーランドの作家レムは《ソラリス》《星からの帰還》(ともに1961),《枯草熱》(1977)など,理論科学的な自然認識をもとにした人間哲学と理想社会の追求によって世界的な評価を得ている。他の地域では日本の安部公房やドイツのフランケH.Franke,フランスのキュルバルP.Curval,ジュリM.Jeuryといった作家たちも独自の文学的伝統のもとで優れた作品を書いている。アルゼンチンのボルヘス,キューバのカルペンティエル,イタリアのカルビーノ,ブッツァーティといった作家は安部公房と同じくSF作家として登場したわけではないが,内容的に今日のSF作品と似た作品が多く,世界的にSFとして読まれている。またフランスではシュルレアリスムやヌーボー・ロマンの運動によってSFに近い作品が数多く書かれており,それらとは別にロニー・エネJ.H.Rosny-aîné,メサックR.Messacといった古いSF作家の作品がSFの発展とともに見直されている。日本では1957年,柴野拓美らによるSF同人誌《宇宙塵》が発刊され,60年に本格的SF誌《SFマガジン》が生まれてから,主としてアメリカSFの強い影響下に育ってきたが,初代編集長福島正実の死後は冒険小説へ強く傾斜するようになっている。星新一,小松左京,筒井康隆,半村良らの作家が前線を開いてきた。
→SF映画 →幻想文学
執筆者:山野 浩一
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