SF(読み)えすえふ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「SF」の意味・わかりやすい解説

SF
えすえふ

サイエンスフィクションscience fictionの略で、かつては「科学小説」または「空想科学小説」の語があてられていた。現在はそのまま用いられる。

[厚木 淳]

定義

S(サイエンス)とF(フィクション)のかかわりに対する認識の相違から、広く公認された定義はまだ確立していない。SFが内容と形式の点で多様化している現在、いったん下された定義はつねに修正の必要に迫られているのが実状である。いわばSF作家の数ほどにもSFの定義があり、しかもどの定義にも何かが欠けているといえる。SF評論家でもあるイギリスの作家キングスリー・エイミスは、「SFとは、われわれの知る世界にはおこりえない状況、しかし人類のものと地球外文化のものとを問わず、科学や技術、あるいは擬似科学や擬似技術のなんらかの革新を基礎として仮想された状況を扱う散文物語」と定義している。明快な規定で、一般的にはこれで十分といえるが、ただ現在のSFでは科学が大きな役割を占めない場合もあり、また科学的合理性に立脚するとも限らない。そこでこの散文物語ということばをブライアン・オールディスの定義によって補足すれば、ほぼ妥当なものになると思われる。「SFとは人間と宇宙におけるそのあり方に対する定義――現代の進歩した、だが混乱した知識の状態(科学)のなかでも変質しない定義――を追求するものであり、特徴としてはゴシック、あるいはポスト・ゴシック小説の形式を継ぐものである」と。SFは18世紀のゴシック・ロマンに始まる広義のファンタジー幻想文学)から派生したもので、したがって一方の極に擬似科学的説明に重点を置くハードSFと、もう一方の極にファンタジーが混在する広い分野なのである。狭義のSFとは、このファンタジーからSFを区別する意味でも使われるが、両者の中間にはSF的ファンタジーもあり、これが、定義を複雑化する一因ともなっている。

[厚木 淳]

SFの種類

テーマによって便宜上次の七つに分類できる。

(1)宇宙旅行と異生物テーマ スペース・オペラやファースト・コンタクト物語もこのなかに含まれる。

(2)未来社会テーマ ユートピア小説、アンチ・ユートピア小説など、文明批評と風刺を主眼とした作品が多い。

(3)超能力テーマ ミュータントやエスパーを主人公にした作品。それが旧来のヒトに変わる新人類の誕生を意味する場合は、人類進化テーマともいわれる。

(4)破滅テーマ 外宇宙からの脅威や核戦争、あるいは天変地異による環境破壊で絶滅の危機にみまわれる人類を描くもの。

(5)ロボット・テーマ 金属的なロボットから高度の知能を備えたアンドロイドまで、人造人間にもさまざまな段階がある。

(6)時間・次元テーマ 過去や未来へのタイム・トラベルと、われわれの知覚しうる宇宙と平行して存在する異次元世界への移行を主題とするもの。

(7)幻想世界テーマ SF的な幻想小説。一般文学とSFの接点となりうるような高踏的な作品が少なくない。

 このほかにも、推理小説の趣向をSFに導入した犯人探しのSFミステリーという分野もある。たとえば、逃亡犯人がアンドロイドで、捜査官が超能力者というぐあいに、前述の各テーマを一つの作品のなかでいくつも組み合わせて使う場合が多い。

[厚木 淳]

海外のSF

定義と同様、SFの起源にもさまざまな異説がある。しかしSFが社会的、科学技術的変革の可能性を前提とするからには、産業革命の胎動のなかに誕生したとみるべきであり、シェリー夫人(メアリー・シェリー)の『フランケンシュタイン』(1818)をSFの原点とする見方が現在定着している。したがって18世紀のスウィフトの『ガリバー旅行記』やボルテールの『ミクロメガス』などの幻想的風刺文学はSF前史として一括される。19世紀前半にSFの誕生に貢献したもう1人の作家は『ハンス・プファアルの無類の冒険』(1835)などの作品で科学知識と論理性を文学に持ち込んだE・A・ポーである。現在、世界のSF二大国であるアメリカ、イギリス両国がSF誕生の時点で、シェリー夫人とポーという先駆者をそれぞれ生んでいることは注目に値する。

 19世紀後半以降のSFの動向に関しては、三つの大きな山がある。(1)ジュール・ベルヌの登場、(2)H・G・ウェルズの登場、(3)新雑誌『アメージング・ストーリーズ』の創刊、の三つで、ベルヌの処女作『気球に乗って五週間』(1863)を起点として、ほぼ30年周期で発生している。

 近未来の科学技術の衝撃を主題にしたベルヌの数々の冒険小説は商業的に大成功を収め、これが契機となってSFと一般文学は相互に交流するようになった。直接間接SFの分野に影響を及ぼした当時のおもな作品で邦訳のあるものを列挙してみると、サミュエル・バトラーの『エレホン』、ライダー・ハガードの『洞窟(どうくつ)の女王』、ビリエ・ド・リラダンの『未来のイブ』、スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』、マーク・トウェーンの『アーサー王宮廷のヤンキー』などである。これらの作品はそれぞれユートピア、ロスト・ワールド、ロボット、マッド・サイエンティスト、タイム・トラベルを主題にしているが、いずれもSFの基本テーマとしてその後定着している。H・G・ウェルズは処女作『タイム・マシン』(1895)を皮切りに豊富な科学的アイデアを駆使してSFを書いたが、未来予測のなかにペシミスティックな考察を導入して、楽天的なベルヌとの対照をみせ、また『宇宙戦争』によって侵略テーマをこの分野に導入した。

 1890年代、ウェルズ登場の直後、製紙技術の改良によって雑誌用の安価な用紙の大量生産が可能になり、アメリカでパルプ・マガジンの誕生という出版革命が起こり、SFは発表の場を一躍拡大した。これらの雑誌は比較的若い読者を対象にしてあらゆる種類の大衆小説を載せたが、その一つ『オール・ストーリー』誌にE・R・バローズが1912年に発表した『火星の月の下で』(のち『火星のプリンセス』と改題)は大成功を収め、冒険SFの典型として後代のスペース・オペラやヒロイック・ファンタジーに決定的な影響を与えた。このころイギリスではコナン・ドイル、すこし遅れてステープルドンWilliam Olaf Stapledon(1886―1950)、A・ハクスリーらがSFを手がけた。ベルヌ以降後継者を欠いたフランスは沈黙し、二つの世界大戦の期間を通じてこの分野に直接貢献した作家としては、チェコのK・チャペック、ソ連のベリャーエフザミャーチンエフレーモフポーランドのS・レムらで、十指に満たない。

 1926年、H・ガーンズバックによって世界で最初のSF専門誌『アメージング・ストーリーズ』がアメリカで創刊された。それまで推理小説、怪奇小説、西部小説などと肩を並べてパルプ・マガジンに掲載されていたSFは、文学上の一ジャンルとして独立することになり、やがてサイエンス・フィクションという呼称も普及した。1930年代はスペース・オペラの全盛時代で、E・E・スミス、M・ラインスター、E・ハミルトン、J・ウィリアムスンらの初期のSF専門作家が輩出した。この時期の作品は科学性を強調するあまり玉石混交で、SFとは荒唐無稽(こうとうむけい)な子供だましの読み物という評価を反面で生んだ。

 次の時代、1938年から1946年(ほぼ第二次世界大戦の期間)、J・W・キャンベル編集のもとに『アスタウンディングSF』誌はいわゆる「黄金時代」を迎え、R・A・ハインライン、バン・ボークト、T・スタージョン、I・アシモフ、C・シマックら現代SFの巨匠たちが誕生した。前代の作家たちの楽天的な冒険SF志向に対して、彼らはテクノロジー志向で、しかも小説技法は一段と洗練され、文学作品としての成熟の度を加えた。

 その後を受けて1950年代のSFをリードしたのが新雑誌『ギャラクシー』で、ここを舞台にA・ベスター、コーンブルースCyril M. Kornbluth(1923―1958)、ポールFrederik George Pohl, Jr.(1919―2013)、R・シェクリー、W・テンらが多彩な活動を展開し、F・ブラウンも従来のSFにはみられなかった洒脱(しゃだつ)軽妙なショート・ショートの名手として活躍し、またハードSFの分野ではハル・クレメントが登場した。第二次世界大戦後のSFの特色は、テクノロジー志向から社会学志向の転換に伴って、作家たちの関心が機械工学、天文学、物理学などのハード・サイエンスから、生物学、生態学、心理学などソフト・サイエンスへ移行したことで、I・アシモフはSFの三段階発展説を唱えて、この傾向を、自然科学、社会科学、人文科学への変化と規定した。

 ウェルズ以来の伝統を誇るイギリスは、第二次世界大戦後A・C・クラークやJ・ウィンダムのような逸材を生んで気を吐いたが、1960年代になると「ニュー・ウェーブ」とよばれる運動が生まれた。J・G・バラードとB・オールディスがその中心となる作家で、流派としてスローガンを掲げた運動ではないので定義しにくいが、地球と人類の終末を予測するペシミズムと、それに対応する人間の内宇宙を新しいスタイルで探求した試みといえよう。自然科学から社会科学へとアイデアを広げてきたSFは、ここでさらに深層心理学の領域にまで立ち入ってきた。「ニュー・ウェーブ」の波紋は1970年代を通じて現在まで続いており、現代SFの前衛では一般文学との障壁が消滅しつつある。J・G・バラードやK・ボネガットやハーラン・エリスンHarlan Jay Ellison(1934―2018)の作品は、かならずしもSFと銘打つ必要がないかもしれないし、一方、近未来に予測される地球上の異変や政治・経済的パニックなどはSF作家が独占する主題ではなくなっている。ピーター・ニコルズPeter Nicholls(1939―2018)の言によれば、SFは(文学として)成熟したあまり、逆説的にいうならば、SFとしての存在をやめてしまったのかという疑問も生じる。これに関連して特記すべきことは、パルプ・マガジンの出現に続く第二の出版革命ともいうべき1950、1960年代のペーパーバックによる大量生産方式である。戦前、雑誌掲載のまま放置されていたり絶版状態にあった名作が、これによって多数復刊された。なかでも『コナン・シリーズ』のR・E・ハワードと『火星シリーズ』のE・R・バローズは爆発的リバイバル現象を生んだが、これは前衛化していく現在のSFに対する反動、古きよき時代の冒険SFへの回帰願望とみることもできる。

 1980年代から1990年代にかけては、前代の巨匠たちのあとを受けてホーガンJames P. Hogan(1941―2010)、ラリー・ニーブンLarry Niven(1938― )、ルーディ・ラッカーRudy Rucker(1946― )、グレッグ・ベアGreg Bear(1951―2022)が登場し、女性作家ではビジョルドLois McMaster Bujold(1949― )、ブラッドリーMarion Zimmer Bradley(1930―1999)、アン・マキャフリーAnne McCaffrey(1926―2011)などが多彩な活動をみせている。また、社会全体のハイテク化に伴って、コンピュータ・ネットワークが管理する未来社会を描くサイバーパンク、半導体などの微細加工技術(たとえば機械や機具を分子レベルにまで縮小する)などを取り上げるナノテクノロジー、さらには人工知能、あるいは量子力学に基づく多元宇宙がハードSFのテーマとして登場している。これはある意味でSFの前衛的な主題が、ポピュラー・サイエンスの動向に比例していることを意味するが、その反面、オースン・スコット・カードOrson Scott Card(1951― )やビジョルドなどの伝統的な冒険SFも歓迎されている。

[厚木 淳]

日本のSF

近代小説としてのSFの紹介は1878年(明治11)川島忠之助の訳によるジュール・ベルヌの『新説八十日間世界一周』の刊行によって始まった。明治10年代には引き続きベルヌの主要作品が10冊以上も翻訳され、明治維新後の日本がいかに欧米文化の輸入に急であったかを示している。最初の国産SF的作品は、未来戦争と新兵器の活躍をテーマにした押川春浪(おしかわしゅんろう)の『海底軍艦』(1900)で、日本の富国強兵策を背景にして当時の青少年から愛読された。しかしこうした先駆的動向も、明治文壇の自然主義思潮と私小説の流行によって、通俗読み物として蔑視(べっし)され、日本のSFは長い不毛の時期を迎えることになる。大正期を通じてわずかに残っていたファンタジーの分野は、児童読み物で、立川文庫の『猿飛佐助』などの忍術小説だけといってよい(この日本人好みのファンタジーは、昭和30年代に山田風太郎(ふうたろう)の『忍法帖(にんぽうちょう)シリーズ』として近代的解釈を施されて再生する)。昭和期に入ると、探偵小説雑誌『新青年』を舞台に海野十三(うんのじゅうざ)、蘭郁二郎(らんいくじろう)らがウェルズの影響のもとに、当時科学小説または空想科学小説とよばれたSFを書いたが、なかでも海野十三の『浮かぶ飛行島』『火星兵団』など少年向き科学冒険小説は、第二次世界大戦後のSFの本格的普及に際して、貴重な下地をつくった。

 第二次世界大戦後、進駐軍とともにアメリカ文化が流入したが、SFがジャーナリズムをにぎわすのは1950年代後半からである。1957年にはSF同人誌『宇宙塵(じん)』が誕生、「ハヤカワ・SFシリーズ」が刊行を開始、翌年、安部公房(あべこうぼう)が『第四間氷期』を発表、1959年には初の商業専門誌『SFマガジン』創刊、1963年には「創元推理文庫」SF部門がスタートし、それぞれ欧米の古典から新作までの優れたSF作品の翻訳を定期的に供給してSFファン層を拡大していった。とくに、従来生硬のきらいがあった翻訳の質の向上にはみるべきものがある。こうした動向を背景に1960年代に入ると創作の面でも星新一、小松左京、光瀬龍(みつせりゅう)、眉村卓(まゆむらたく)、筒井康隆(つついやすたか)、半村良(はんむらりょう)、豊田有恒(ありつね)(1938―2023)、平井和正、1970年代には田中光二(こうじ)(1941― )、山田正紀(まさき)(1950― )、かんべむさし(1948― )、栗本薫(くりもとかおる)(1953―2009)、1980年代から1990年代にかけては菊地秀行(ひでゆき)(1949― )、田中芳樹(よしき)(1952― )、神林長平(かんばやしちょうへい)(1953― )、谷甲州(こうしゅう)(1951― )、森岡浩之(ひろゆき)(1962― )らのSF作家が登場し、ホラーやファンタジーの領域と境界を接する多極化現象が進んでいる。原子力と宇宙開発の国際化、先進工業国となった日本の目覚ましい技術革新、テレビによるSFアニメの流行、コンピュータとロボット時代の到来によって、SFは今後ますます多角的な展開をみせる傾向にある。

[厚木 淳]

『石川喬司著『SFの時代――日本SFの胎動と展望』(1977・奇想天外社)』『B・オールディス著、浅倉久志他訳『十億年の宴』(1980・東京創元社)』『R・スコールズ、E・ラブキン著、伊藤典夫他訳『SF――その歴史とヴィジョン』(1980・TBSブリタニカ)』『J・サドゥール著、鹿島茂・鈴木秀治訳『現代SFの歴史』(1984・早川書房)』『B・オールディス著、浅倉久志他訳『一兆年の宴』(1992・東京創元社)』『Peter NichollsThe Science Fiction Encyclopedia(1979, Doubleday, New York)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「SF」の意味・わかりやすい解説

SF
エスエフ
science fiction

おもに 20世紀に盛んになった文学ジャンルで,科学の発達とその驚異を取扱い,それが未来,架空の現在もしくは過去のこととして設定される。対象となる科学も,事実に基づく場合から,こじつけ,矛盾にいたるまで多様である。ただ小説全体を通じて,科学的態度,方法,用語に対する少くとも表面上の忠実さからくる真実らしさが要求される。古くは2世紀のルキアノス,17世紀のシラノ・ド・ベルジュラックの月旅行の物語,スウィフトの『ガリバー旅行記』 (1726) ,ボルテールの『ミクロメガス』 (52) ,M.シェリーの『フランケンシュタイン』 (1818) などの先例があるが,本格的な SFの出現は,近代科学が起り,物的世界の可能性に一般の関心が高まった 19世紀後半のことで,ベルヌと H.G.ウェルズに負うところが大きい。ベルヌは『月世界旅行』 (65) ,『海底2万里』 (70) で,ロケットや潜水艦による世界の拡大を描き,ウェルズは『タイム・マシン』 (95) ,『透明人間』 (95) のほか,『きたるべき世界』 (1933) ではきたるべき大戦後の世界を予言した。初期の作品は,娯楽,社会批評,予言などを目指したが,科学の発達を利用して迫真の描写ができるなど,特殊な可能性が徐々に開発されるにつれ,独自のジャンルとして認められるにいたった。 1926年にはアメリカで世界最初の SF専門誌『アメイジング・ストーリーズ』が H.ガーンズバックにより創刊され,同様の雑誌が続々と発行されて SFは大いに流行したが,同時に宇宙活劇といった「スペース・オペラ」が横行し,低俗で扇情的なパルプ・マガジン向けのものというイメージを一般にうえつけることともなった。これが払拭され,批評に耐えるまじめな文学表現として再浮上できたのは,アシモフ,ブラッドベリー,A.C.クラーク,ハインラインなどの豊かな科学知識をもつ練達の作家たちの長い努力による。 A.ハクスリーの『すばらしい新世界』 (32) ,チャペックの『山椒魚戦争』 (36) ,オーウェルの『1984年』 (49) などが,SFの手法と約束に従って書かれたが,少くとも 20世紀なかばまで続いた SFの低い評価を反映して,ほとんどの場合 SFと称していない。第2次世界大戦後の SFのブームは,宇宙旅行,コンピュータ,原子力,遺伝学など現代科学のめざましい進歩がすでに多くの作家によって予見されていたことを大衆が実感したのと相まって,このジャンルの評価を徐々に高め,非写実文学の主要な,そしておそらく 20世紀の最も特徴的な形態として認めさせるにいたった。日本では戦前の海野十三を先駆として,50年代後半から 60年代にかけて,星新一のファンタジックなショート・ショート,小松左京の文明批評的な作品が出て,ジャンルとして確立され,筒井康隆の「ブラック・ユーモア」などが広がりをみせた。

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