共同通信ニュース用語解説 の解説
ニューヨーク・ヤンキース
米大リーグ最多の27度のワールドシリーズ(WS)優勝を誇る名門球団。1901年創設、03年からニューヨークに移った。レッドソックスから20年にルースを獲得して強くなり、21年にア・リーグ初優勝、旧ヤンキースタジアム誕生の23年にWSを初制覇した。ルースのほか、ゲーリッグ、ディマジオら多くのスター選手が活躍。
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米大リーグ最多の27度のワールドシリーズ(WS)優勝を誇る名門球団。1901年創設、03年からニューヨークに移った。レッドソックスから20年にルースを獲得して強くなり、21年にア・リーグ初優勝、旧ヤンキースタジアム誕生の23年にWSを初制覇した。ルースのほか、ゲーリッグ、ディマジオら多くのスター選手が活躍。
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アメリカのプロ野球球団。アメリカン・リーグ所属(東地区)。フランチャイズをニューヨーク州ブロンクスに置き、ヤンキー・スタジアムを本拠地としている。球団名の変遷は、ボルティモア・オリオールズ(1901年)―ニューヨーク・ハイランダーズ(1903年)―ニューヨーク・ヤンキース(1913年)。
1872年からナショナル・アソシエーションに参加したボルティモア・ロード・ボルティモアズが、アメリカン・アソシエーションでオリオールズとなり、ナショナル・リーグを経て、1901年にアメリカン・リーグ発足と同時に加盟。2年で経営が立ち行かなくなり、ニューヨークの2人の富豪に売却され、1903年からフランチャイズをニューヨークに移してハイランダーズとして再出発した。1913年から現名称に改称。レッドソックスから強打者ベーブ・ルースを迎えた1920年から強くなり、以降60年代前半まで黄金時代を築き続けた。その間、スーパースターが次々と登場し、強さを継承していった。1921年から3年連続リーグ優勝し、26年からふたたびリーグ3連覇、32年にもリーグ優勝し、23年、27年、28年、32年はワールド・シリーズを制した。2130試合連続出場をマークしながら筋萎縮性側索硬化症で引退を余儀なくされたルー・ゲーリッグが1923年にデビューして25年レギュラーに定着、ルースとともに猛打を振るい、とくに2人が全盛期となった27年は他の主力もよく打ち「マーダラーズ・ロー(殺人打線)」とよばれた。1934年限りでルースがボストン・ブレーブス(現アトランタ・ブレーブス)に放出され、ゲーリッグも現役晩年を迎えた36年に、華麗なプレーぶりで人々を魅了してヘミングウェイの小説『老人と海』(1952)にも描かれたジョー・ディマジオが登場。1939年まで4年連続ワールド・シリーズ優勝の原動力となった。1941年から3年連続リーグ優勝で、41年と43年はワールド・シリーズ優勝。1941年のディマジオは、56試合連続安打の大記録を打ち立てて最優秀選手(MVP)に選ばれた。1947年もディマジオが3回目のMVPを受賞する活躍でワールド・シリーズを制した。1949年にケーシー・ステンゲルが監督に就任すると、同年から53年まで5年連続「世界一」。この間、ディマジオは1951年で引退するが、好捕手ヨギ・ベラYogi Berraや「史上最強のスイッチ・ヒッター」といわれるミッキー・マントルらが活躍し、55年からも4年連続リーグ優勝し、56年と58年はワールド・シリーズでも勝った。なかでも1956年は、マントルが三冠王となってMVPを受賞し、ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)とのワールド・シリーズ第5戦ではドン・ラーセン投手がシリーズ史上唯一の完全試合を達成した。カンザスシティ・アスレチックス(現オークランド・アスレチックス)より強打好守のロジャー・マリスを加えた1960年からリーグ5連覇。1961年と62年には2年連続「世界一」となった。マントルとマリスの頭文字を取り、この強打コンビは「MM砲」とよばれたが、とくに1961年のマリスはホームラン61本を放ち、ルースのもっていた当時のシーズン最多記録を更新。打点も加えた二冠王となり、前年から2年連続してMVPに選ばれた。両リーグ2地区制となった1969年からは東地区に配属された。1973年に、1923年の開場で「ルースが建てた家」とよばれた旧ヤンキー・スタジアムが取り壊され、76年からは現本拠地が開場。その年、12年ぶりのリーグ優勝を果たすと、1978年まで3年連続リーグ優勝し、77年と78年にはワールド・シリーズも制した。1980年に地区優勝、81年にもリーグ優勝。1977年にボルティモア・オリオールズから加入したレジー・ジャクソンの強打が武器となった。ジャクソンは1977年、ロサンゼルス・ドジャースとのワールド・シリーズ第6戦で3打席連続本塁打を記録して「世界一」を決めた。両リーグが3地区制へと移行した1994年からも東地区所属となり、95年にプレーオフへ進出してから再び黄金時代を迎えた。1996年および98年から3年連続「世界一」、2001年と03年リーグ優勝、02年、04年、05年と地区優勝。この強さを支えたのは、1996年に監督に就任したジョー・トーレの采配(さいはい)と、95年のデビューで96年に新人王に選ばれたデレック・ジーター遊撃手らの質の高いプレーだった。2003年には、読売ジャイアンツ(巨人)からFA(フリー・エージェント)となった松井秀喜(ひでき)が加入した。
[山下 健]
2006年は2位に大差をつけて地区優勝したが、リーグ優勝は逃した。2007年は地区2位ながらワイルドカード(リーグごとに各地区優勝チーム以外の最高勝率チームに与えられるプレーオフ進出の権利)でプレーオフに出場したが敗退、このシーズンを最後にトーレ監督は退任した。なお、そのほか日本人選手では、伊良部秀輝(いらぶひでき)投手(1997~99年)、井川慶(けい)投手(2007~2008年)がプレー。
1901年から2007年までの通算成績は、9383勝7162敗、地区優勝15回、リーグ優勝39回、ワールド・シリーズ優勝26回。
[編集部]
『『ヤンキース最強読本』(2003・ベースボール・マガジン社)』▽『阿部珠樹著『ヤンキース――世界最強の「野球」に迫る』(2003・青春出版社)』
(2012-07-24)
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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