日本大百科全書(ニッポニカ) 「パスカルの実験」の意味・わかりやすい解説
パスカルの実験
ぱすかるのじっけん
トリチェリの真空実験を聞いたパスカルが、真空の存在と水銀柱を支えているのは大気圧であることを示すために行った一連の実験。1646年トリチェリの実験を追試し、さらに長さや形がさまざまなガラス管・注射器・ふいご・サイホンを容器に、水銀・水・ぶどう酒・油・空気を用いた実験を行い、1647年『真空についての新実験』で結果を報告、当時の「自然は真空を許さない」という偏見を退け、「見かけの空所」には認識しうる物質は存在しないことを結論した。翌年、義兄に依頼したピュイ・ド・ドームの山頂(標高1465メートル)での実験から、標高によって、つまり大気圧によって水銀柱の高さが変わることを確かめ、『流体の平衡に関する大実験談』で報告した。1653年ごろには、一連の実験を理論的にまとめた『流体平衡論』を書き上げ、流体力学の基礎となる「パスカルの原理」を導出、また同じころ『大気の重さ』で「真空中における真空の実験」を報告した。この実験や巨大サイホンの実験が実際に行われたかどうかは疑う意見もあるが、理論的研究の一環としてその考案の巧みさをみておく必要があろう。
パスカルの実験は、そもそもマニュファクチュア期に発展した鉱山業などの揚水機技術など生産技術の改良と深く関連したもので、ポンプのシリンダーが科学的な実験装置としてのガラス管へと抽象化される過程とみることもできる。またこれを可能にしたルーアンのガラス工業の存在も忘れてはならない。
[高橋智子]