パブリック・エナミー(読み)ぱぶりっくえなみー(その他表記)Public Enemy

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パブリック・エナミー」の意味・わかりやすい解説

パブリック・エナミー
ぱぶりっくえなみー
Public Enemy

アメリカのラップ・グループ。1984年ニューヨーク市ロング・アイランドで結成される。初期の主要なメンバーはチャック・D Chuck D.(1960― )、フレイバー・フレイブFlavor Flav(1959― )、プロフェッサーグリフProfessor Griff(1960― )、ターミネーター・XTerminator X(1966― )で、彼らの後ろにはボム・スクワッドと名乗るプロダクション・チームが控えていた。ラップ・ミュージックが社会全般と関わることのできるメディアであることを身をもって示した筆頭のグループ。

 パブリック・エナミーが結成されたのは、チャック・Dがロング・アイランドのアデルフィ大学に通っていたころである。チャック・Dは、カレッジ・ラジオDJをしながらラップも聴かせていたが、これに注目したプロデューサーのリック・ルービンRick Rubin(1963― )が契約を申し込んできた。ルービンは84年に設立されたばかりのデフ・ジャム・レコードの共同経営者の一人だった。ルービンの申し出を受けたチャック・Dはさっそく仲間を集め、彼がラジオでラップを使って流していた自作「パブリック・エナミー・ナンバー・ワン」から自分たちのチーム名を名乗ることになる。ここに、力強いラップのチャック・Dとコミカルなラップのフレイブの好対照な組み合わせだけではなく、ハードなロック・サウンドとファンク・ミュージックを融合した攻撃的なサウンドに、かつての黒人過激派ブラック・パンサー党をイメージさせる舞台表現を加えた、きわめて特異なラップ集団が登場することになるのである。

 彼らは音楽を娯楽とだけみなすチームではなかった。音楽に乗せて、黒人がアメリカ社会においてどのような扱いを受けてきたかを正面切って告発しようとした。リーダーであるチャック・Dはもちろんのこと、結成当初は舞台の振付けを主に担当していたプロフェッサー・グリフにしても、黒人によるイスラム教の団体ネイション・オブ・イスラム一員としてマイクを向けられれば黒人としての怒りをぶちまけた。攻撃的な言葉の渦と、それにさらに拍車をかけるような激烈なビート。ラップは、パブリック・エナミーの登場によって大きな変貌を遂げ、さらにアメリカのスラムに暮らす若い黒人、有色人らの意識を変えていった。

 パブリック・エナミーは87年にデビュー・アルバム『Yo! BUMラッシュ・ザ・ショウ』を発表。続く88年の名作『パブリック・エナミーⅡ(It Takes a Nation of Millions to Hold us Back)』は、一般社会が彼らに目を向けるきっかけとなった。さらにスパイク・リーSpike Lee(1958― )監督のブラック・シネマ(一般には1970年代にさかんに作られた黒人スタッフを中心とする黒人のための映画を指すが、80年代以降、その流れを先鋭化させた黒人主導の映画も含む)『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)のテーマ・ソングとなった「ファイト・ザ・パワー」も、映画と同じように大ヒットとなり、これらの成功は若い世代の黒人たちが独自の文化を作り上げていることを示した。

 しかし、プロフェッサー・グリフによる「ユダヤ人は悪魔だ」などの一連の発言が舌禍事件へと発展し、彼はバンドを追われるが、パブリック・エナミーの人気は続いた。たとえば91年の、スラッシュ・メタル(スピーディーで荒々しいヘビー・メタル)のグループ、アンスラックスとの共演作「ブリング・ザ・ノイズ」は、80年代にランDMCがエアロスミスの過去の曲を使ったアイディアをさらに発展させたのと同様、ハードなロックとラップがぴったりと融合することを証明した一曲だった。このような活動が、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンに代表される、ラップを取りこんだロック・バンドを各国に誕生させることになる。

 パブリック・エナミーの活動に陰りが見え始めるのは、フレイブの麻薬などのトラブルが表ざたになった92年ころからだった。93年、彼のリハビリのためにグループは活動休止状態に入る。95年、フレイブに実刑判決が下り、チャック・Dがグループからの脱退を発表し、翌96年にはソロ・アルバム『オートバイオグラフィ・オブ・ミスタチャック』を発売する。解散かと思われたが、その後チャック・Dは再びパブリック・エナミーに復帰し、98年にはリー監督の映画『ラストゲーム』のサントラ「ヒー・ガット・ザ・ゲーム」でカムバック。この年、チャック・Dを中心にして新作をインターネットからダウンロードさせる試みを始めている。

[藤田 正]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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