日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒントン」の意味・わかりやすい解説
ヒントン(Geoffrey Hinton)
ひんとん
Geoffrey Hinton
(1947― )
イギリス系カナダ人の認知心理学者、コンピュータ科学者。ロンドン生まれ。1970年ケンブリッジ大学実験心理学科卒業、1978年エジンバラ大学から人工知能(AI)の分野で博士号を取得。1976年エジンバラ大学院修了後、サセックス大学でフェローとして研究生活をスタート、1978年からアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校の客員研究員として勤務。1980年からは、イギリス医学研究会議(MRC)の応用心理学ユニット(現、認知脳科学ユニット)の科学担当官、1982年にアメリカのカーネギー・メロン大学の助教授、準教授を経て、1987年にカナダのトロント大学コンピュータサイエンス学部教授。1998年にユニバーシティ・カレッジ・ロンドンでギャツビー計算神経科学ユニットを設立し、その指揮にあたった。2001年にトロント大学に戻り、2014年に同大学名誉教授。
ヒントンは、もともと心理学に興味を抱いていたが、ケンブリッジ大学では生理学、哲学、物理学を学んだ後、1970年に実験心理学で修士号を取得した。エジンバラ大学ではAIを専攻し、人間の神経細胞のネットワークをモデルにした情報処理システム「ニューラルネットワーク」の数理モデル構築に取り組んだ。カーネギー・メロン大学に移ると、同大学のコンピュータ科学者らとともに、AIの深層学習(ディープラーニング)にもつながる「誤差逆伝播(でんぱ)法」(バックプロパーゲーション・アルゴリズム)を1982年に発見。1985年には新たなニューラルネットワーク「ボルツマン・マシン」を提唱した。統計力学的な確率論を応用し、同じ入力パターンから、いくつもの考えられる出力パターンをつくりだすことができるというものだった。さらに2000年代に入るとボルツマン・マシンを改良し、多層構造で学習精度の高いニューラルネットワークを構築。今日の生成AIに通じる、深層学習の礎(いしずえ)を築いた。
ヒントンは、2012年に、トロント大学の教え子であるアレックス・クリジェフスキーAlex Krizhevsky(1985/1986― )、イリヤ・サツキーバーIlya Sutskever(1986― )とともに、今日の深層学習につながる8層のニューラルネットワーク・プログラム「AlexNet(アレックスネット)」を発表。これはきわめて高い精度で画像などを認識できるプログラムで、今日の生成AIブームの火付け役となった。三人が設立した会社は、グーグル社が買収。ヒントンは2013年、グーグル社が、AI研究を加速するために立ち上げた開発チーム、グーグル・ブレインGoogle Brain(現、グーグル・ディープマインド社Google DeepMind Technologies Ltd.)に参加し、グーグル社のエンジニアリング・フェロー、副社長となったが、2023年に退社。ヒントンは、自身が開発に人生を捧(ささ)げてきたAIが、医療の向上などで人類に恩恵をもたらす一方、潜在的リスクとして、①生成AIが作成した偽映像・画像などが拡散され、世論操作や詐欺に利用されるなど、何が真実なのかがわからなくなる世界をつくりだす可能性があること、②多くの仕事が自動化され、雇用が減少し、貧富の格差が拡大するおそれがあること、③AIが自律型の殺傷兵器をつくりだせば、戦争を制御できなくなる可能性もあること、などを指摘。AIが将来的に人類を脅かす存在になりうると警鐘を鳴らしている。
ヒントンは、1998年イギリス王立協会フェローに選出され、ニューラル・ネットワーク・パイオニア賞、2001年ラメルハート賞、2012年キラム賞、2014年フランク・ローゼンブラット・メダル、2016年NEC C&C賞、2018年カナダ勲章コンパニオン、ACMチューリング賞、2019年本田賞、2022年アストゥリアス皇太子賞、2023年イギリス王立協会ロイヤル・メダルなど多数受賞。2024年、「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的発見と発明に対する業績」で、機械学習の礎となる数理モデルを構築した、プリンストン大学名誉教授のジョン・ホップフィールドとともに、ノーベル物理学賞を受賞した。
[玉村 治 2025年2月14日]
ヒントン(William Hinton)
ひんとん
William Hinton
(1919―2004)
E・スノーやA・スメドレーと並ぶアメリカの中国革命の記録者。コーネル大学農学部卒業。1947年、国連救済復興機関のトラクター技術者として三度目の訪中の際に解放区に入り、北方大学の英語教師を務めながら土地改革にオブザーバーとして参加、名著『翻身(ほんしん/ファンシェン)――ある中国農村の革命の記録』を残した。また文化大革命後の四度目の訪中で『百日戦争――清華大学の文化大革命』を書いた。ほかに『中国文化大革命』『鉄牛(てつぎゅう)』『大逆転』などの著書がある。
[加藤祐三]
『加藤祐三他訳『翻身――ある中国農村の革命の記録』全2巻(1972・平凡社)』▽『藤村俊郎訳『中国文化大革命 歴史の転轍とその方向』(1974・平凡社)』▽『春名徹訳『百日戦争――清華大学の文化大革命』(1976・平凡社)』▽『加藤祐三・赤尾修訳『鉄牛 中国の農業革命の記録』(1976・平凡社)』▽『田口佐紀子訳『大逆転 鄧小平・農業政策の失敗』(1991・亜紀書房)』