フェロモン(読み)ふぇろもん(英語表記)pheromone

翻訳|pheromone

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェロモン」の意味・わかりやすい解説

フェロモン
ふぇろもん
pheromone

動物の個体が体外に放出し、同種の他個体の行動発育分化そのほかの生理的状態に変化をおこす効果をもつ物質総称で、典型的な誘引物質の一つ。体内で分泌され同じ体内で作用するホルモンと異なり、個体間での情報伝達に働く点にフェロモンの特徴がある。ガの雄が遠くから雌にひかれて集まる現象は19世紀に書かれたファーブルの『昆虫記』にもすでに記載されているが、それが雌の分泌する信号物質によるということが、ブーテナントによってカイコガで実証されたのは1959年である。同年、カールソンP. KarlsonとリューシャーM. Lüscherによって、このような個体間信号物質にフェロモン(刺激を運ぶものという意味の造語)という一般名を与えることが提唱された。フェロモンは通常、適度の揮発性をもち、空気中に拡散して他個体の嗅覚(きゅうかく)器に受容され、きわめて微量で効果を及ぼす。たとえば、カイコガの雌の腹部分泌腺(せん)から分泌されて雄を誘引するフェロモン(ボンビコール)は、空気1ミリリットル当りわずか200分子の濃度で雄の顕著な接近行動を引き起こすことが確かめられている。

 例外的には接触化学感覚(味覚など)を介して働くものもある。昆虫で多くの例が知られているが、ほかの動物にも広く存在し、物質の化学構造や作用も多岐にわたっている。相手に受容されるとただちに行動に影響をもたらすリリーサー効果と、生理的変化をおこすプライマー効果とに分けることができるが、同じフェロモンが両方の効果を示す場合もある。ここではおもに誘引性のフェロモンについて述べる。

 リリーサー効果をもつフェロモンとしては、異性の認知および性行動を支配する性フェロモン(昆虫、哺乳(ほにゅう)類など)、仲間に危険を知らせる警報フェロモン(アリ、ハチなど)、食物や巣の場所を知らせる道しるべフェロモン(アリ、ハチ)などがある。

[木村武二]

性フェロモン

性誘引物質ともいい、個体から放出された物質が同種の異性個体を誘引する。雄が放出して雌を誘引する物質(ジャノメチョウなどで研究されている)もあるが、雌が放出して雄を誘引する例のほうが多い。多くの昆虫で有効物質の単離・同定がなされているほか、魚類両生類、爬虫(はちゅう)類、哺乳類でも性フェロモンの存在がさまざまな種で証明されている。物質の化学構造は種によって異なっていて、通常は同種の個体間でのみ信号として働く。このことを応用して、特定の昆虫(農業害虫や森林害虫)のフェロモン物質を用いて誘引・捕殺する誘引剤として利用したり、発生状況の検査に役だてている例もある。天然の性フェロモンのほかに、類縁化合物や植物成分のなかにも性誘引効果をもつ物質が知られていて、これらも性誘引物質とよばれている。

[木村武二]

集合フェロモン

同種の個体を性に関係なく誘引して集団を形成する働きのある物質をいう。キクイムシ、ダニ、ゴキブリなどで研究されている。

[木村武二]

警報フェロモン

アリやハチでは危険を感じた個体が放出して仲間を招集する。これは一種の誘引物質といえよう。これに対して魚類の警報フェロモンのようにそれを感じた仲間が逃げ散るような場合は誘引とは逆の効果となる。

[木村武二]

道しるべフェロモン

ミツバチが巣の場所を仲間に教えたり、アリが餌場(えさば)への道筋を教えるフェロモンも一種の誘引物質である。

[木村武二]

その他のフェロモン

プライマー効果をもつフェロモンには、ミツバチの女王物質のようにほかの個体の生殖能力を抑える階級分化フェロモンや、ハツカネズミの雄が分泌して雌の性成熟や発情を促す物質が含まれる。プライマー効果はこれらの生理的変化を通じ行動にも影響を及ぼす。

[木村武二]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フェロモン」の意味・わかりやすい解説

フェロモン
pheromone

動物がつくりだして,体外に分泌,放散する微量物質であって,他個体の行動や生理条件に働きかけて変化させる物質。昆虫で,多くの例が特によく研究されている。行動に対し即座の効果を有するいわゆるリリーサー・フェロモン (性フェロモン。誘導物質,警報物質など) ,永続して作用し,発生過程に影響するもの (プライマー・フェロモン。社会性昆虫でみられる階級の分化を誘導する物質) などに大別される。性フェロモンにはカイコガの雌の腹部末端の腺から分泌するボンビコールなどが知られており,またミツバチのフェロモンとしては,尻の背部のナサノフ腺から分泌されるゲラニオールやシトラールなどが知られている。

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