改訂新版 世界大百科事典 「フェンランド」の意味・わかりやすい解説
フェンランド
Fenland
イギリス,イングランド東部に広がる広大な平野。単に,〈沼地〉を意味する〈フェンズthe Fens〉とも呼ばれる。北海の入江であるウォッシュ湾の西岸から南岸のリンカンシャー,ケンブリッジシャー,サフォーク,ノーフォーク4州にかけて横たわり,南北の最大長約117km,東西の最大幅約58kmで総面積約3400km2。ウォッシュ湾の埋積によって形成され,点在する微高地を除いては全域が標高15m以下の低地である。こうした平地に周辺丘陵からグレート・ウーズ,ネン,ウェランド,ウィザムなどの諸河川が流入し,蛇行しながらウォッシュ湾に注ぐため洪水の危険が高く,もとはイギリス最大の沼沢地帯となっていた。
先史時代にはケルト系イケニ族の領域であったが,ローマ時代になって開発が試みられ,リンカンからピーターバラに至る長大な水路(カー・ダイクCar Dyke)や,中央部を横断する堤防道路(フェン・コーズウェーFen Causeway)などが建設された。しかし中世には再び荒廃して,ヨシなどの水生植物,野鳥,ウナギなどに富み,マラリアも頻発した。ただ微高地上のピーターバラ,ソーニー,イーリーなどには修道院が設立されて,独自の勢力を形成していた。本格的な排水工事は17世紀前半になって南半部のベドフォード低地Bedford Levelと呼ばれる泥炭地で始められた。貴族,ジェントリー層の資本とオランダ技術の導入によって多くの直線排水路が掘削され,沼沢地が農地に転じて穀物,アマ,ナタネなどが栽培された。しかし泥炭収縮による地盤沈下から,それ以後もしばしば洪水に見舞われ,海岸湿地も含めた全域の干拓が完成するのは19世紀になってからである。現在は小麦,テンサイ,ジャガイモを中心とするイギリスの穀倉地帯となっており,果樹,野菜,球根の栽培も盛んである。独特の歴史を有するため,古英語に近い方言が残る。現在,フェンランドの原形を残しているケンブリッジ北東のウィッケン・フェンWicken Fenがナショナル・トラストによって保存されている。
執筆者:長谷川 孝治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報