フリードリヒ5世(読み)フリードリヒごせい(その他表記)Friedrich V

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フリードリヒ5世」の意味・わかりやすい解説

フリードリヒ5世
フリードリヒごせい
Friedrich V

[生]1596.8.26. 高地ファルツ
[没]1632.11.29. マインツ
ファルツ選帝侯ボヘミア王 (在位 1619) 。三十年戦争時代のプロテスタント諸侯の一人。 1610年父の跡を継いでファルツ選帝侯位につき,プロテスタント同盟の指導者となる。ボヘミアでオーストリア・ハプスブルク家への反抗が始り,三十年戦争が開始されると,19年プロテスタント貴族に推されてボヘミア王となった。しかし翌年には早くもワイセルベルクの戦いで皇帝軍に敗れ,ボヘミア王の地位は1年も続かず,「冬王」のあだ名で呼ばれた。その後カトリック連合追撃を受け,ファルツは占領され,選帝侯の地位もバイエルン公マクシミリアン1世に譲らねばならなかった。余生をオランダおよびスウェーデンに寄食して過した。妃はイングランド王ジェームズ1世王女末娘はハノーバー公ゲオルク,のちのイギリス王ジョージ1世の母である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

367日誕生日大事典 「フリードリヒ5世」の解説

フリードリヒ5世

生年月日:1596年8月26日
ライン・ファルツ選帝侯兼ボヘミア王
1632年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む