アメリカの小説家。インディアナポリス生まれ。コーネル大学で化学と生物学を学ぶ。在学中に軍隊に入り、ヨーロッパ戦線に送られる。ドイツ軍の捕虜となり、ドレスデンに抑留中の1945年2月13日、連合軍の大空襲にあうが、と畜場地下の生肉貯蔵所に監禁されていたため奇跡的に助かる。この皮肉な恐怖体験が、彼の文学の重要なモチーフを形成する。戦後シカゴ大学で人類学を学び、のちにゼネラル・エレクトリック社の広報文案係の職を得て、先端技術の町スキネクタデー(作中ではイリアム)で4年間を過ごす。この経験が彼のSFばり、劇画ばりの作風を決定する。1952年、コンピュータに支配される近未来の工場を描いた反ユートピア小説『プレイヤー・ピアノ』を出版。以後、宇宙をさまよい続けるべく運命づけられた男の生涯をさまざまなSF的奇想を凝らして描いた『タイタンの妖女(ようじょ)』(1959)、ナチになりすましたアメリカ人スパイが戦後戦犯として裁かれる帰属先喪失の物語『母なる夜』(1961)、架空の最終兵器「アイス・ナイン」がもたらす人類滅亡の物語『猫のゆりかご』(1963)、現代における絶対の善人を描く『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(1965)など、矢つぎばやに秀作を発表した。1967年ドレスデンを再訪し、1969年『スローターハウス5(ファイブ)』を出版した。これは、宇宙の果ての星「トラルファマドール」に視点を置くことによって、言語に絶する悲劇を茶化してみせたブラック・ユーモアの傑作。この作品によって「ボネガットばり」とよぶにふさわしい特異な作風を確立する。これまでの作品の登場人物がここに再登場するのだが、そのうち作者の自画像ともいうべきSF作家キルゴア・トラウトはルイス・キャロル風の作品『チャンピオンたちの朝食』(1973)では主要人物の一人となる。
その後、老人の回想録の形をとった作品が続く。『スラップスティック』(1976)はアメリカ最後の大統領の回想録という形をとり、『ジェイルバード』(1979)はウォーターゲート事件に巻き込まれる官僚の物語、『デッドアイ・ディック』(1982)は中性子爆弾の事故にまつわる話を中心とし、『ガラパゴスの箱舟』(1985)は世界滅亡100万年後の物語。長編として、ほかに『青ひげ』(1987)、『ホーカス・ポーカス』(1990)、『タイムクェイク』(1997)がある。短編集として、「バーンハウス効果」「製作所の鹿(しか)」などの秀作を含む『モンキー・ハウスへようこそ』(1968)があり、また二つのエッセー集『ヴォネガット、大いに語る』(1974。原題Wampeters, Foma, and Granfaloons)、『パームサンデー』(1981)がある。1984年(昭和59)国際ペン大会で来日した。
[寺門泰彦]
『池澤夏樹訳『母なる夜』(1973・白水社)』▽『浅倉久志訳『プレイヤー・ピアノ』『タイタンの妖女』『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』『チャンピオンたちの朝食』『スラップスティック』『ジェイルバード』『デッドアイ・ディック』『ガラパゴスの箱舟』『青ひげ』『ホーカス・ポーカス』(ハヤカワ文庫)』▽『伊藤典夫訳『スローターハウス5』『猫のゆりかご』(ハヤカワ文庫)』▽『伊藤典夫他訳『モンキー・ハウスへようこそ』2冊(ハヤカワ文庫)』▽『飛田茂雄訳『ヴォネガット、大いに語る』(サンリオ文庫)』▽『飛田茂雄訳『母なる夜』『パームサンデー――自伝的コラージュ』(ハヤカワ文庫)』
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