ミトコンドリア病(読み)ミトコンドリアビョウ

デジタル大辞泉 「ミトコンドリア病」の意味・読み・例文・類語

ミトコンドリア‐びょう〔‐ビヤウ〕【ミトコンドリア病】

細胞内でエネルギーを産生するミトコンドリアの機能が低下することによって起こる病気の総称。体内でも特に多くのエネルギーを必要とする中枢神経系骨格筋心筋に障害をきたすことが多い。指定難病の一つ。ミトコンドリア脳筋症ミトコンドリアミオパチー

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共同通信ニュース用語解説 「ミトコンドリア病」の解説

ミトコンドリア病

各細胞内でエネルギーをつくる小器官ミトコンドリアの異常により、細胞活動が低下し、脳神経や筋肉などさまざまな臓器の働きが損なわれる病気。細胞核とは別にミトコンドリアが独自に持つミトコンドリア遺伝子の異常が主な原因とされる。ミトコンドリア遺伝子は卵子を通じて伝わり、父親からは遺伝しない。このため、ミトコンドリア病の多くは母系遺伝とされる。(ロンドン共同)

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内科学 第10版 「ミトコンドリア病」の解説

ミトコンドリア病(筋疾患)

定義・概念
 ミトコンドリアは成熟赤血球以外のあらゆる細胞に存在しており,ミトコンドリア病は,ミトコンドリアの機能低下によって起こる疾患の総称である.その機能低下は細胞機能の低下や細胞死を引き起こす.したがって,症状は多彩であるが,比較的エネルギー依存度の高い細胞が障害を受けやすく,中枢神経や骨格筋の症状が前景に出ることが多いためにミトコンドリア脳筋症とも称される.しかし,単にミトコンドリア病という病名が一般的になりつつある.
分類
 ミトコンドリア病の分類は,その診断に用いた方法により,遺伝子変異による分類,生化学的異常による分類,臨床症状による分類がある(表15-21-7).これらの分類は,互いに1対1に対応せず,同じ臨床病型でありながら,遺伝子変異が異なったり,生化学異常が異なったりする.
原因・病因
 ミトコンドリア内には,エネルギー代謝にかかわる多くの酵素が存在しているが,そのなかでも電子伝達系の機能低下を示す症例が最も多い.電子伝達系酵素複合体は5種類あり,それぞれが複数のサブユニットでできており,その一部はミトコンドリア内に存在するミトコンドリアDNAmtDNA)上にコードされている.よって病因としては,核DNA上の遺伝子変異の場合とmtDNA異常の場合とがある.mtDNAは核DNAと異なり,1細胞に数千コピー存在することから,単にその数が減っても病的状態になる(mtDNA欠乏症候群).また,質的にはmtDNAの欠失と点変異が知られているが,変異型と野生型が細胞内で任意の比率で存在する(ヘテロプラスミー)場合があり,核DNA上の遺伝子変異で認めるホモとヘテロという概念とは基本的に異なっている.また精子に存在するmtDNAは受精の際に卵のなかに侵入できないか,侵入しても消失することが知られており,受精卵のmtDNAはすべて卵由来になる.したがってもともと卵のなかに変異mtDNAが存在する場合にだけ,それが子に伝わってゆく(母系遺伝).しかし,すべてが母系遺伝ではなく,欠失の場合はほとんどが散発例であり遺伝性を認めない.一方,点変異の場合は,母系遺伝であることがほとんどである.注意すべきことは,変異率が高くないと病気を発症しないことであり,母から子に変異mtDNAが伝わったからといって,必ずしも病気になるとは限らないということを十分銘記することが重要である. 電子伝達系以外の酵素欠損は核DNA上に存在する遺伝子変異であり,通常は常染色体劣性遺伝形式である.最近になって,mtDNAの複製にかかわる酵素をコードする遺伝子の変異をもつ例が報告され,これらは二次的にmtDNAの欠乏状態や多重欠失を起こす.この場合の遺伝形式は,母系遺伝ではなく核DNA上の遺伝子変異の遺伝形式に依存する.
臨床症状
 代表的な臨床病型としては,慢性進行性外眼筋麻痺症候群(chronic progressive external ophthalmoplegia:CPEO),赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群(myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers:MERRF),ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episode:MELAS)がある.これら3病型は主症状である中枢神経症状によって分類されている.
1)慢性進行性外眼筋麻痺症候群:
慢性進行性外眼筋麻痺症候群は眼瞼下垂・眼球運動制限(もしくは麻痺)を特徴とする.眼筋症状のみの症例は少なく,骨格筋症状(筋力低下,筋萎縮),中枢神経症状(網膜色素変性,知能低下,感音性難聴,下垂体障害など),心症状(伝導障害など),腎症状(Bartter症候群やFanconi症候群など),内分泌症状(低身長,糖尿病,副甲状腺障害など),皮膚症状(多毛症,無汗症など)などを合併し,全身の多臓器が障害されることが多い.特に若年者で網膜色素変性と心伝導障害を伴う慢性進行性外眼筋麻痺症候群をKearns-Sayre症候群(KSS)とよんでいる.KSSは慢性進行性外眼筋麻痺症候群のなかでも,症状が多臓器に及ぶ傾向があり,若年発症が多いことなどから慢性進行性外眼筋麻痺症候群の重症型と考えられる.慢性進行性外眼筋麻痺症候群は,大きな欠失をもつ変異mtDNAを正常mtDNAと合わせもつ例が多く,このような変異DNAと正常DNAが共存する状態をヘテロプラスミーとよんでいる.このヘテロプラスミーはKSSを除く慢性進行性外眼筋麻痺症候群では40~65%,KSSでは90%以上の症例で認められ,両者の病因は同一のものと予想されている.
2)MERRF:
MERRFは通常10歳前後に発症し,ミオクローヌスもしくはミオクローヌスてんかんと小脳失調を特徴とし,多くの例で精神運動発達障害を伴う.病名に含まれる赤色ぼろ線維(ragged-red fiber:RRF)とは,ミトコンドリア病患者の骨格筋で特徴的に出現するミトコンドリアの形態異常(図15-21-13A)のことである.この病理変化は3大病型のいずれにも認められるものであり,MERRFだけの特異的所見ではない.生化学的に検出される異常のほとんどは,複合体Ⅳ活性低下である.mtDNAのリジンtRNA内の8344変異がMERRF患者の80%に存在する.
3)MELAS:
MELASは脳卒中様症状を主徴とするミトコンドリア病であり,比較的若年で発症する(80%が20歳以前).臨床症状はきわめて多彩である(表15-21-8).卒中様症状を示すときの脳画像検査では血管の支配領域とは必ずしも一致しない梗塞に似た像を認め,また症状の回復とともに画像所見も正常化するのが普通である.生化学的には複合体Ⅰ欠損が最も多く,複合体ⅣやⅠ+Ⅳ欠損も認められ一定していない.
 この疾患の病理所見として特徴的なことは,全身の小動脈,特に血管平滑筋細胞が強く侵されていることである.この所見は,生検筋のコハク酸脱水素酵素(succinate dehydrogenase:SDH)染色で容易に検出できることから,高SDH反応性血管(strongly SDH-reactive blood vessel:SSV)とよばれ,RRFとともにミトコンドリア形態異常を示す重要な所見である(図15-21-13B).またMELASにおいては,ミトコンドリア転移RNAの1つ,tRNA-Leu(UUR)内の1塩基置換が次々に明らかにされた.そのなかでも塩基番号3243のAがGに変異している症例が80%の患者で認められる.
4)Leber遺伝性視神経萎縮症(Leber病):
Leber病は,思春期から成人期にかけて急性あるいは亜急性に視力低下で発症する遺伝性の視神経萎縮症である.視神経以外でもWPW症候群などの心症状やジストニアなどの神経症状を伴うことがある.日本人のLeber病患者の90%に11778変異を認める.
5)糖尿病/難聴:
中枢神経症状はなく糖尿病と難聴だけが存在している患者が報告された.それらには,MELASと同じ3243変異が認められた.糖尿病患者の約1%がミトコンドリア異常によることが,日本を含め諸外国から報告されている.
6)アミノグリコシド感受性難聴:
ストレプトマイシンやゲンタマイシンなどのアミノグリコシド系抗菌薬の投与により難聴をきたす家系で,mtDNAの1555変異が発見された.1回の投与で遅発性進行性に難聴を起こす例も報告されており,臨床の現場でもアミノグリコシド系抗菌薬の投与前にこの変異を調べておくことが必要になるであろう.平成24年度から保険収載された難聴遺伝子検査のなかに,3243変異とともに含まれている.
検査成績・診断
 検査は,障害がどの臓器に,どの程度及んでいるかを調べる検査と,ミトコンドリア異常の有無を確認する検査とに分けられる.前者の検査は,各臓器特有の検査法に従うことになり,状況に応じて各専門医の協力を得る必要がある.後者の検査は,ミトコンドリア病の確定診断に不可欠な検査であり,血液のpHや乳酸・ピルビン酸値,中枢神経症状がある場合は髄液の乳酸・ピルビン酸値の測定が重要である.確定診断に至るうえで最も情報量が多いのが筋生検である.Gomori-トリクローム染色でのRRF,コハク酸脱水素酵素染色でのRRFやSSV,チトクロームc酸化酵素染色での欠損像が診断に有用である.生検筋や線維芽細胞で酵素活性を測定することができる.
 診断は生化学的検査,形態学的検査(筋生検),分子遺伝学的検査(mtDNAや核DNA)などを行い,総合的に診断する.ミトコンドリア病はミオパチーばかりでなく,中枢神経や心臓の症状など多彩な症状を示すことが特徴であり,多彩な臓器症状をもつ患者を診たときは本症を疑うことが診断の端緒になる.
経過・予後
 臨床経過は進行性のことが多いものの,症状の進行度やほかの臓器症状の出現の予想はまったく不可能である.定期的な検診による経過観察が重要である.
治療・予防・リハビリテーション
 ミトコンドリア異常そのものに対する治療に,現在のところ特効薬はない.エネルギー代謝に影響を与える薬物,たとえば,コエンザイムQ10,補酵素である各種ビタミン類などを使用するが,その効果は明らかではない.しかし,MELASに対するアルギニン治療が発作症状を軽減させ,発作を予防する場合がある.またミトコンドリア内の代謝に悪影響を与える薬剤などを避けるべきであり,抗痙攣薬のバルプロ酸は,カルニチン代謝を通じてミトコンドリア内エネルギー産生を阻害する.また,乳酸の入った輸液を大量に行うことは避ける.アルコールはそもそもエネルギー代謝を抑制するので,患者では禁忌である.[後藤雄一]
■文献
後藤雄一:ミトコンドリア病(広義)の概念と分類,ミトコンドリアとミトコンドリア病,日本臨牀60巻増刊号,213-217, 2002.岡 芳知,後藤雄一:ミトコンドリア糖尿病,pp1-86,診断と治療社,東京,1997.Zeviani M, DiDonato S: Mitochondrial disorders. Brain, 127: 2153-2172, 2004.

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