生物が行っているエネルギーの獲得、転換、貯蔵、利用のような生物系におけるエネルギーの流れ(出入りおよび分布の変化)をさし、エネルギー交代ともいう。生物はつねに新しい生体成分を合成し、それを用いて細胞構造その他の高次の構造を積極的に維持している。そのためにもエネルギーが必要であるが、さらに成長、増殖、運動、発光など、エネルギーを要する多くの仕事も行っている。また、エネルギー代謝は物理学的にみれば、エネルギー変換ともいえる。すなわち、太陽の核融合反応からくる放射エネルギーの一部は光合成により生物に利用され、前述のような仕事をしたのち、最後には放射熱となってふたたび宇宙空間に返っていく。
生物が利用する直接のエネルギーは、高エネルギー化合物とよばれる物質である。これらにはアデノシン三リン酸(ATP)、アデノシン二リン酸(ADP)、クレアチンリン酸、アルギニンリン酸、ピロリン酸、アセチルリン酸、フォスフォエノールピルビン酸、ポリリン酸、チオエステルなどがある。ただしクレアチンリン酸、アルギニンリン酸、ポリリン酸は、それぞれ高等動物、無脊椎(せきつい)動物、微生物のフォスファーゲンとしてATPの貯蔵庫のような役割を果たしている。
これらの高エネルギー化合物のなかでとくに重要なのはATPで、すべての生物に存在し、タンパク質、核酸の生合成、筋収縮など、生体の重要な反応に参加している。すなわち、エネルギー代謝とは、生体の物質代謝(新陳代謝)をエネルギーの立場からみたものといえるわけで、ここでは生物系のエネルギーをATPとほとんど同じ意味において用いることにする。ATPが高エネルギー化合物であるというのは、1モルのATPが加水分解を受けて、ADP、さらにはAMP(アデノシン一リン酸)になるときに、それぞれ約8キロカロリーのエネルギーを放つからである。普通の加水分解によって生じるエネルギーは2~4キロカロリーである。このエネルギーは主として、酵素の触媒作用により共役した生化学反応に有効に用いられる。その結果生じたADPやAMPは、発酵(解糖)や呼吸、フォスファーゲンキナーゼといった生物独自のエネルギー変換系によってATPに再生される。
ATPの合成はその大部分を光合成と酸化的リン酸化に頼っている。光合成では、光のエネルギーは光量子として、クロロフィルやカロチノイドなどの同化色素を励起する。この励起エネルギーはチトクロムが関与する酸化還元反応によってNADPH(水素受容体の補酵素)がNADPからつくられるのと同時に、クロロプラストの膜内外にプロトンの電気化学的勾配(こうばい)が形成され、これに共役してプロトン輸送性ATP合成酵素がADPからATPを合成する。このように光によって直接ATPができる反応を光リン酸化反応といい、高等緑色植物や各種の藻類、光合成細菌によって行われている。ATPの一部とNADPHは炭酸ガスを同化して糖の合成に用いられる。酸化的リン酸化はNADHのような呼吸基質の酸化とチトクロムが関与する酸化還元反応によってミトコンドリア膜内外にプロトンの電気化学的勾配が形成され、光合成の場合と同様にプロトン輸送性ATP合成酵素がATPを合成する。このようなATP合成の機構は、1961年イギリスの化学者P・D・ミッチェルによって化学浸透圧説として提出され、その生化学的な実験的検証を経て、現在その妥当性が広く認められている。
発酵や解糖は基質レベルリン酸化といわれ、エネルギー獲得のより原始的な形態であるが、光合成能のない動物や植物も含めて広く行われており、また酸化的リン酸化の前段階でもある。たとえば1分子のグルコースの分解によって、発酵では2分子、酸化的リン酸化では38分子のATPが生産される。ATP獲得形式としてはこのほかに、不完全な酸化が行われる酸化的発酵、酸素のかわりに無機化合物である硫酸や硝酸が最終電子受容体になる硫酸呼吸、硝酸呼吸がある種の微生物にみいだされている。
このようにしてつくられたATPは、タンパク質や核酸など、生体物質のエネルギーを要求する生合成反応に用いられる。これはATPの化学的利用であるが、物理的利用も知られている。たとえば、筋収縮のエネルギー源としてATPは不可欠の物質である。筋肉中に含まれるタンパク質の70%を占めるアクトミオシンが、ATPやマグネシウムおよびカルシウムイオンと作用して、収縮、弛緩(しかん)を行うのである。ATPは無機イオンを外界から細胞内に積極的に吸収することにも用いられている。これは能動輸送とよばれ、有名なものとして神経細胞などに存在し、ATPの加水分解に伴ってナトリウムイオンとカリウムイオンを膜の内外で交換するNa+・K+-ATP加水分解酵素、筋小胞体に存在してカルシウムイオンの輸送に関与するCa+-ATP加水分解酵素がこれらの反応にあずかっている。ATPはまた、ホタルなど生物発光のルシフェリンを含む発光物質系の重要なエネルギー源であり、デンキウナギなどにみられる生物発電のエネルギー源にもなっている。
バイオリアクターは生体のATP代謝を工業的に利用しようとするもので、酵母の解糖系を用いて医薬品の合成など、きわめて高い収率で実用化されるようになってきている。
なお、生体は食物中の炭水化物、脂肪、タンパク質中の化学的エネルギーを、ATP代謝系によって生体の化学的あるいは力学的仕事に利用している。食物中のエネルギーはその大部分が最終的には熱となるが、これらについては基礎代謝の項目で解説されている。また、生理的作業強度の指標とされるエネルギー代謝率についても同様である。
[岡崎英雄]
『日本生化学会編『エネルギー代謝と生体酸化 上・下』(1976・東京化学同人)』▽『日本生化学会編『生化学データブックⅡ 別冊代謝マップ』(1980・東京化学同人)』
物質代謝のエネルギー論的な表現または解釈であり,生命現象に伴って起こる一連のエネルギー収支・変換をいう.生体に普遍的なエネルギー変換の形式は,摂取された熱源が酵素反応によって分解され,熱エネルギーに転換される化学変化である.発生した熱は,一部は直接生命現象に役立つが,一般に生体は熱エネルギーを化学エネルギーや機械エネルギーに変換して利用できない.生合成系に必要とされる化学エネルギーは,解糖および呼吸系から得られた化学エネルギー(ATP)をある種の化学反応を媒介として利用される.化学的エネルギーは,機械・電気・光エネルギーへの変換が可能である.緑色植物は逆に光エネルギーを化学エネルギーに変換し,有機物を合成する.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…人体のエネルギー代謝の速度は,人体の状態,すなわち食物の消化や筋運動などによって左右されるのみではなく,環境温度などの外的条件の影響も受けるが,これらをできるだけ取り除いたときの覚醒時の代謝を基礎代謝という。これ以下の代謝速度では,正常な状態で生命を維持することができない。…
…地球上の各種生物が外界との密接なかかわりをもちつつ,しかも自己の生命を維持するために,必要なさまざまな活動を推進するための最も基本になる活動が代謝にほかならない。代謝には,エネルギー代謝,物質代謝(物質交代)という二つの用語に示されるように,エネルギーの獲得,利用と物質の変換が不可欠な活動である。言い換えると,代謝とは酵素の触媒作用に助けられて,生物の体内で絶えまなく営まれている各種の化学反応の総称ともいえる。…
※「エネルギー代謝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新