改訂新版 世界大百科事典
「メーソン=ディクソン線」の意味・わかりやすい解説
メーソン=ディクソン線 (メーソンディクソンせん)
Mason-Dixon Line
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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メーソン‐ディクソン線
めーそんでぃくそんせん
Mason-Dixon Line
アメリカ、ペンシルベニア州と、メリーランド、デラウェア、ウェスト・バージニア三州との州境の線。初めは、ペンシルベニアとメリーランド両植民地領主による境界争いが1760年に解決をみた段階で、イギリス人メーソンとディクソンが63~67年に測量し、北緯39度43分17秒6に設定した両植民地の境界線を意味した。1820年ごろには、この線がミシシッピ川まで延長され、南北戦争までには自由州と奴隷州の境となった。奴隷制廃止後も南部と北部の政治的・社会的境界線となっている。
[白井洋子]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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メーソン=ディクソン線
メーソン=ディクソンせん
Mason and Dixon Line
アメリカ,ペンシルバニア州とメリーランド州,ウェストバージニア州との境界線。植民地時代,ペンシルバニアの領主ペン家とメリーランドの領主ボルティモア家との間に境界争いが続き,1763~68年イギリス測量士 C.メーソンと J.ディクソンが測量してこの境界線が成立 (全長約 375km) ,84年バージニア西部 (現ウェストバージニア州) まで延長された。その後奴隷州と自由州との境界線としてミズーリ妥協案のなかで使用され,現在でも一般に北部と南部を分ける線と考えられている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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