出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…さらに教会と国家の癒着に反対し,非ローマ化された非定住民(キルクムケリオネスcircumcellionesと呼ばれる農民と修道士たち)を巻き込んで暴動を起こした。殉教を賛美し,終末思想にもとづいて社会変革を要求する熱狂主義は,古くから小アジアとエジプトに頻発したが(モンタヌス派やノウァティアヌス派など),ドナトゥス派もその線上にあるものとみられる。コンスタンティヌス1世はこの暴動を抑えようとして,314年にカエキリアヌスの正統性を決定し,その後弾圧を加えたが効果なく,321年に寛容令を発して和解を試みた。…
※「モンタヌス派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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