ルイ・フィリップ・アルベール(その他表記)Louis-Philippe-Albert d'Orléans, Comte de Paris

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ルイ・フィリップ・アルベール
Louis-Philippe-Albert d'Orléans, Comte de Paris

[生]1838.8.24. パリ
[没]1894.9.8. トゥイッケナム
フランス王ルイ・フィリップの孫でオルレアン王朝派の後継者。パリ伯。二月革命後アイゼナハで成長し,次いでイギリスに居住。 1861~62年アメリカ南北戦争に北軍側志願兵として参戦。ナポレオン3世没後,71年フランスに帰国し,正統王朝派シャンボール伯 (シャルル 10世の孫) と王政復古の主導権争いをし,シャンボール伯に忠誠を誓うことになった。しかし国旗について後者前者の主張する三色旗に譲歩せず,結局両王党派の連合は流産し,第三共和政の確立を可能にした。シャンボール伯の死 (1883) によって正統王朝派の大部分がオルレアン王朝派に加担したが,共和主義者の「旧王族追放令」 (86) により,イギリスに亡命した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む