ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)「アリャビエフ」の解説 アリャビエフ 貴族の家庭に生まれ、質の高い音楽教育を受けた。ナポレオン戦争では軍役についているがこの時期にも作品を発表している。1825年に殺人容疑で逮捕、シベリア流刑の処分を受けた。この事件は急進的な政治志向を ...続き 出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報
世界大百科事典 第2版「アリャビエフ」の解説 アリャビエフ【Aleksandr Aleksandrovich Alyab’ev】 1787‐1851 ロシアの作曲家。西シベリアのトボリスクに,県知事の息子として生まれた。1812年のナポレオン戦争に参加し,ドレスデンやパリを訪れた。25年不幸な事件から殺人者として流刑の身になった。彼がデカブリストに近かったためとも言われている。43年以降許されてモスクワに住んだ。かつては,民謡風の歌曲《うぐいす》の作曲者としてのみ知られていたが,劇音楽,室内楽,交響曲など,多作家であり,初期ロシア音楽の代表的作曲家として最近とくに再認識されてきた。 出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報