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アルザス=ロレーヌ紛争 アルザス=ロレーヌふんそうAlsace-Lorraine Dispute

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アルザス=ロレーヌ紛争
アルザス=ロレーヌふんそう
Alsace-Lorraine Dispute

ライン川西岸のアルザス=ロレーヌ地方をめぐるドイツ,フランス間の紛争。約 1450km2のこの地方は,両国の軍事的境界として重要なだけでなく,鉄鉱,石炭などの地下資源の豊富さにおいてヨーロッパ有数の地帯で,両国はその獲得に執着し,加えて同地の民族・言語問題がからみ,複雑な紛争の舞台となった。三十年戦争 (1618~48) を終結するウェストファリアの講和によってアルザスとロレーヌがフランスに併合されるまで,同地は神聖ローマ帝国に属する公国や自由都市から成っていた。フランス併合後,住民の多くはドイツ語を使い,ドイツへの帰属意識を保持していたが,フランス革命が封建的社会関係を一掃したのちは,フランス国民の意識が育成された。普仏戦争 (1870~71) の結果,1871年のフランクフルト条約で同地方の大半がドイツ領に編入され,フランスの失地回復要求が高まった。同地の側でも,O.フォン・ビスマルクが強引な同化政策をとったため,対独反抗運動が繰返され,74,77年に一種の地方議会が,1911年に地方自治が認められた。第1次世界大戦の結果,19年のベルサイユ条約により,同地は再びフランス領となった。フランスは 25年以降同地の自治制を廃止し,オーラン (上ライン) ,バラン (下ライン) ,モーゼルの3県とし,同化政策を強めたので,反仏自治運動が発生した。第2次世界大戦に際して,40年のフランス軍の降伏に伴い同地はドイツの支配下に入ったが,戦後フランス領として回復された。

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