翻訳|Lorraine
フランス北東部,ムルト・エ・モーゼル県,ムーズ県,モーゼル県,ボージュ県にまたがる地域régionで,ドイツ名はロートリンゲンLothringen。面積2万3540km2,人口233万(2005)。
東端にあるボージュ山地を除くと,地質的にはパリ盆地の沖積層に続くロレーヌ台地が大部分を占め,モーゼル川とムーズ川沿岸には砂岩質,泥灰岩質,粘土質の地層が交互する。ロレーヌはパリから東へメッス,ザールブリュッケンを経てフランクフルトへ向かう東西軸と,ローヌ川,ソーヌ川,モーゼル川の南北軸が交差する重要な地点にある。メッスを中心とするロレーヌ北部はローマの影響を受け,一方,ナンシーを中心とするロレーヌ南部はボージュ山地で隔てられたアルザスとの結びつきが強い。
海から離れているため,ロレーヌの気候は厳しく,内陸的特徴を示している。1月の平均気温は1℃ないし2℃で,年間氷結期間は80日である。夏は比較的暑く,7月の平均気温は18℃である。降水量は年により変動するが,600mmから800mmで,年間を通じて降り,乾季はない。
ロレーヌの名は,ベルダン条約(843)によりこの地がロタリンギアに属したことに由来する。855年,ロタリンギア王国領となり,当初はアルザスとフリースラントを含んでいたが,後者はルートウィヒ2世と,西フランクの王シャルル(禿頭王)に与えられ,ロレーヌから分離した。945年にロレーヌは,ロレーヌ高地とロレーヌ低地の二つに分割された。ロレーヌ低地は13世紀にブラバント公爵が所有したため,そのころからブラバント地方と呼ばれるようになった。1429年ブルゴーニュのフィリップ善良王の所轄下に入り,現在はベルギーの一部,ブラバント北部,オランダのゲルダーラントに相当する。ロレーヌ高地は1736年まで公爵領であったが,ポーランド王スタニスワフ1世に譲渡され,さらに66年,彼の死後フランスに与えられ,四つの県に分割された。1871年普仏戦争に敗れたフランスは,ロレーヌ北部をドイツに割譲したが,第1次大戦後,ベルサイユ条約によって返還された。その歴史的経過からロレーヌは,今日でもモーゼル県の北部がゲルマン語圏に属するなど,文化的な二元性を残している。
人口密度は1km2当り98人で,国の平均106人を少し上回る。しかし,最近の人口増加は緩慢で,国平均増加率を下回っている。その原因は,出生率の一般的低下と,ロレーヌの発展を支えていた工業部門の不振である。しかし,ロレーヌ全体の人口密度の数値はあまり意味がない。というのは,県ごとの人口密度の差が大きいからである(ムルト・エ・モーゼル県137人,モーゼル県163人に対し,ボージュ県66人,ムーズ県31人)。
ロレーヌの都市化・工業化地域は,モーゼル川に沿って主要な軸を形成し,南のナンシーからメッスを経てティオンビルに至る約100kmに,ロレーヌの人口の約半分が集中し,事実上の行政的中心地メッスと歴史的都市ナンシーという二つのアグロメレーション(人口集積地域)が相対している。周辺地域(ムーズ県,ボージュ県,ムルト・エ・モーゼル県の南部,ロレーヌ台地)の大部分は依然として農村地域である。ここでの唯一のアグロメレーションはエピナルである。
ムルト・エ・モーゼル県とモーゼル県の人口密度が高いのは,工業力によるものである。ロレーヌはフランス第1,さらにはEC第1の鉄鉱産地であった。しかし,今日では鉄鋼生産量では第1であっても,ブリエー,ロンウィー,ティオンビル地区の鉄鉱石は,採掘は容易だが品位が低いため,より高品位の海外の鉄鉱石との競合にさらされている。しかも,製鉄業は輸出入に便利な海岸部に移動し,ロレーヌの工場は閉鎖されつつあり,雇用の機会も減少している。また東部のフォルバック周辺のロレーヌはフランスの主要な炭田地帯であるが,生産量は後退し,雇用も減少している。塩の採掘はドンバール・シュル・ムルト周辺に集中している。1870年以後,ボージュの谷に後退した織物業も,工場の閉鎖が相次いでいる。
機械工業(自動車)と電気機械工業の発展とともに,産業の再転換が一部,また局地的に着手されている。エネルギー産業のための基礎設備が増加し,メッス付近には石油精製工場,モーゼルの谷には巨大な火力発電所が建設されている。ロレーヌ北部を通過する東部高速道路の完成とともに,輸送力が改善され,モーゼル川もヨーロッパ統一ゲージで運河化された。とはいえ,産業の再転換に基づくロレーヌ経済の再建は容易ではなく,人口の流出,モーゼル県人によるドイツのザール地方への越境労働にみられるように,雇用問題は今なお深刻である。
農村地域からの人口の流出も深刻になっている。牛乳生産を目ざす牧畜が農家の主要な収入源となり,かつて主要作物であった小麦は,家畜の飼料用の大麦に取って代わられつつある。ブドウ園も果樹栽培(例えばスモモ)も,トゥルの周辺を除いてもはやあまり重要ではない。森林はロレーヌ全面積の3分の1以上を占め,ボージュ山地では,かつて樹脂が生産されていたが,今日では観光に活路を見いだしている。ボージュ県では,ビッテルを中心に温泉が利用されている。これら観光業の進展はロレーヌ地域自然公園整備に負うところが大きい。
EUの中心部に位置し,鉄道,道路,水路という交通の要衝を占めるロレーヌは,鉄鋼の生産,製鉄といった工業の主柱の不振にもかかわらず,産業の再転換によって,モーゼル川沿岸地域はその優位性を強めるとともに,都市化・工業化を推進している。
アルザスと違って,フランス文化の影響を受けやすかったロレーヌには,独特の料理はそう多くはなく,豚肉の料理やマドレーヌといった菓子類が知られている程度である。アルザスほど工業化の進んでいないロレーヌでは,川の水も比較的清澄であり,淡水魚の料理には見るべきものがある。また各種の果物を使ったタルト料理やジャム類が美味である。ナンシーのスタニスラス広場周辺の美しい建物や,地方政府宮殿東側に広がるペピニエール公園などに,かつてのロレーヌの繁栄を思い起こさせるものが残っている。
→アルザス・ロレーヌ問題
執筆者:大嶽 幸彦
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フランス北東部の地方、旧州名。ドイツ語名ロートリンゲンLothringen。パリ盆地外縁部の台地で、東のボージュ山脈を境にアルザスと接し、北西はアルデンヌ高原に続く。ミューズ川とモーゼル川が北流する。現在も行政地域名として用いられ、ミューズ、ムルト・エ・モーゼル、モーゼル、ボージュの4県に相当。面積2万3547平方キロメートル、人口231万0376(1999)。
[大嶽幸彦]
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…アルザスAlsaceとロレーヌLorraineはフランス北東部の地方である。1870‐71年の普仏戦争の結果,フランスはベルフォール管区を除くアルザスとロレーヌ北部をドイツに割譲した。…
…アルザスAlsaceとロレーヌLorraineはフランス北東部の地方である。1870‐71年の普仏戦争の結果,フランスはベルフォール管区を除くアルザスとロレーヌ北部をドイツに割譲した。…
…この分割線は,ドイツとフランスとの言語境界線には沿うものの,政治・教会上の諸関係は顧慮されなかったため,879年には再画定を余儀なくされるなど暫定的要素を有したが,歴史的にはドイツ,フランス,イタリア3国国境の原型を創出した。なおロートリンゲン(ロレーヌ)の領有問題は,近・現代に至るまでドイツ,フランス間の政治課題として残った。【日置 雅子】。…
※「ロレーヌ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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