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イエン・サリ イエン・サリ Ieng Sary

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イエン・サリ
イエン・サリ
Ieng Sary

[生]1925.10.24. フランス領インドシナベトナム
[没]2013.3.14. カンボジアプノンペン
カンボジアの政治家。プノンペンで学び,1950年フランスへ留学,共産党に入党。1958年帰国後カンポート私立大学教授。1963年反政府運動のため地下に潜行し,闘争の中心人物の一人となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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20世紀西洋人名事典の解説

イエン・サリ
Ieng Sary


1930.1.1 -
カンボジアの政治家。
カンボジア副首相,連合政府財政経済調整委員会委員。
プレイベン州生まれ。
1950年パリに留学し、’55年在仏クメール学生同盟委員長。’57年帰国後、カンポット私立大教授となる。’63年地下潜行。その後、’71年カンボジア民族統一戦線特使として北京入りし、シアヌーク殿下と共に活動。’76年民主カンボジア副首相兼外相、’82年カンボジア三派連合政府財政経済調整委員会委員を歴任。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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現代外国人名録2012の解説

イエン・サリ
イエンサリ
Ieng Sary


国籍
カンボジア

専門
政治家

肩書
ポル・ポト派最高幹部;民主カンボジア副首相

本名
キム・チャン

生年月日
1924/10/20

出生地
プレイベン州ラダイ

経歴
1950年フランスに留学し、’55〜56年在仏カンボジア全学連議長。’58年帰国後、リセ・シソワト教授、カンポット大学教授など歴任。’63年抵抗運動のため地下潜行。同年カンボジア共産党中央常任委員。’71年7月カンプチア民族統一戦線の国内特使として北京に入り、シアヌーク殿下を特別訪問。’76年4月民主カンボジア(ポル・ポト派政権)副首相(外交担当)に就任し、ポル・ポト派ナンバー2となる。’79年8月ヘン・サムリン政権下の欠席裁判で虐殺の罪によりポル・ポトとともに死刑判決を受ける。’82年7月民主カンボジア三派連合政府樹立で財政経済調整委員会委員。’90年2月政府呼称をカンボジア国民政府と改称。’94年1月失脚。’96年8月ポル・ポト派から離脱し、反ポル・ポト派の指導者となることを表明。9月国王から恩赦、フンセン第2首相と初の会議を行い、サリ派軍と国軍の統合に合意した。2006年ポル・ポト派特別法廷が設置され、2007年裁判の内部規則が採択され、11月逮捕。2010年9月他の幹部とともに起訴される。

出典|日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)
(C) 2012 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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