キャンディス バーゲン(英語表記)Candice Bergen

20世紀西洋人名事典の解説


1946.5.9 -
米国女優
カリフォルニア州ベヴァリー・ヒルズ生まれ。
ペンシルベニア大学等で学ぶ。当初、父が腹話術師、母が女優出身という環境とは反対に、女優の道を嫌う。1966年その美しさに惚れ込んだシドニー・ルメット監督の誘いで「グループ」に登場。「グレース・ケリーの再来」と騒がれたものの、伸び悩んだ時期もあったが、演技派女優へと転向。プロカメラマン、記者としてもその実力を示す。出演作に「結婚ゲーム」(’79年)、「ガンジー」(’82年)等がある。私生活でも華やかなが絶えなかったが、’80年フランス映画界の名匠ルイ・マルと結婚し、一児を設けた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
女優,フォトジャーナリスト

国籍
米国

生年月日
1946年5月9日

出生地
カリフォルニア州ビバリーヒルズ

本名
Bergen,Candice Patricia

学歴
ペンシルベニア大学

受賞
エミー賞コメディ部門主演女優賞(第41回・42回・44回・46回・47回)〔1989年・1990年・1992年・1994年・1995年〕「マーフィー・ブラウン」,ゴールデン・グローブ賞女優賞(テレビ・ミュージカル・コメディ部門,第46回・49回,1988年度・1991年度)「マーフィー・ブラウン」

経歴
父は腹話術師エドガー・バーゲン、母は一流モデルだったフランセス・ウェスターマン。14歳の時、スイスへ留学。帰国後はペンシルベニア大学で美術史を専攻したがカメラに熱中する。その費用を得るためモデルをしていた時、シドニー・ルメット監督にスカウトされ、1966年「グループ」で映画デビュー。“グレース・ケリーの再来”とハリウッドの注目を一身に集めるが、’70年代は一時伸び悩み、後半から演技派女優として新境地を開いた。他の出演作に「砲艦サンパウロ」(’66年)、「魚が出てきた日」「パリのめぐり逢い」(’67年)、「冒険者」「ソルジャー・ブルー」(’70年)、「愛の狩人」(’71年)、「新・おしゃれ泥棒」(’74年)、「風とライオン」(’76年)、「結婚ゲーム」(’79年)、「ベストフレンズ」(’81年)、「ガンジー」(’82年)、「デンジャラス・ビューティー」(2001年)、「メラニーは行く!」(2002年)、「セイブ・ザ・ワールド」(2003年)などがある。この間、1965年からカメラの腕を活かしてフォト・ジャーナリストとして「ヴォーグ」「コスモポリタン」「ライフ」などに発表、高い評価を得る。’88年からはテレビ・コメディシリーズ「マーフィー・ブラウン」のジャーナリスト役で活躍し、エミー賞を5回受賞。2005年からは法律ドラマシリーズ「ボストン・リーガル」で弁護士役を熱演。一方、鯨保護協会の役員も務め、熱心な捕鯨禁止運動を続けている。1980年フランスの映画監督ルイ・マルと結婚、一女をもうけたが、’95年死別。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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