自作の象牙の女の像に恋したというピュグマリオンの物語のように神話や伝説の世界に属するものを別にしても,広い意味での美術史的記述,すなわち美術作品や芸術家の活動についての記録は,すでに古代から認められる。それらは,大別して,(1)パウサニアスの《ギリシア案内記》に代表されるような旅行記・案内記類と,(2)大プリニウスの《博物誌》に見られるような芸術家の名まえ,およびその作品や興味深いエピソード類,に分けることができる。前者は,実際に残されている神殿や彫刻についての説明で,中世の巡礼案内やルネサンス以降の都市案内記を経て,現代の美術館(および展覧会)のカタログにまでつながるものであり,後者は,芸術家の伝記的研究の原初的形式といえる。この両者は,中世においても多かれ少なかれ存在したが,しかし,作品や芸術家を時間の流れのなかに位置づけようとした明確な歴史意識が登場してくるのは,ルネサンス期,とくに,G.バザーリの《芸術家列伝》(1550。第2版1568)においてである。事実バザーリのこの記念すべき著作は〈列伝〉すなわち個々の芸術家の伝記集成という形式を取りながら,全体を時代の流れにそって3部に分け,それぞれの時代に特有の歴史的枠組みを想定することにより,芸術の歴史的発展をも同時に叙述している点で,最初の体系的な〈美術史〉と呼んでもよい。バザーリのこの企ては,その後,とくに〈列伝〉という形式で,オランダのC.ファン・マンデル,ドイツのJ.フォン・ザンドラルト,イタリアのG.ベローリ等によって受け継がれた。
しかし,明確な方法意識と体系を持った学問としての美術史が成立するのは,18世紀になってからである。J.J.ウィンケルマンは,晩年の労作《古代美術史》(1764)において,メソポタミア,エジプト,ギリシア,ローマなど,地域と時代によってはっきり整理された歴史区分と,それぞれの区分のなかで一定の発展形態を示す様式の原理に基づく最初の美術史を確立した。19世紀に入ると,ヘーゲル哲学の強い影響の下に,芸術発展の歴史を技術の進歩によって説明しようとするG.ゼンパーの《技術による諸芸術様式論》(1861-63)や,芸術を民族,環境,時代の条件に還元しようとするH.テーヌの《芸術哲学》(1865)のような体系化の試みが進められる一方,19世紀後半,個々の作品をとくにその細部表現の特徴によって作者決定をしようとしたG.モレリをはじめ,B.ベレンソン,M.J.フリートレンダーなどの優れた鑑識家たちによる作品の〈戸籍調べ〉の進歩により,独立した学問としての美術史の基礎が築かれた。また,図版(版画)を組織的に利用することは,セルー・ダジャンクールの《モニュメントによる美術史》(1811-29)で最初に試みられたが,世紀末には,すでに写真図版が重要な役割を果たすようになっていた。
これらの基礎の上に,20世紀の美術史は,固有の領域を持つ独立した学問として,きわめて多面的な発展を見せた。A.リーグルは,《様式の問題》(1893)や《晩期ローマ工芸美術論》(1901)において対象を西欧以外の工芸の分野にまで一挙に拡大するとともに,文様の発展の法則を探り,H.ウェルフリン(《美術史の基礎概念》1915)やH.フォシヨン(《形体の生命》1934)は,様式分析とその展開の跡づけのためのきわめて有効な方法論を提出した。他方,É.マールの図像学的研究,M.ドボルジャークの精神史的研究,A.ワールブルク,E.パノフスキーのイコノロジー研究(図像学)は,作品の思想的,寓意的,象徴的意味を解読することにより,時代の精神的風土とのつながりを明らかにしようと試みた。このような多面的傾向は,第2次大戦後もさらに強まり,心理学,社会学,文化人類学など,隣接諸科学の方法と成果を取り入れた美術史研究が盛んに続けられている。他方,作品の調査も,赤外線,X線の利用や化学分析などの科学的方法の導入によって飛躍的に発展した。そのような調査の報告や,資料探究の成果発表の場として,美術館,展覧会のカタログが重要な役割を果たしていることも見のがし得ない。
東洋,日本においても,たとえば中国の《歴代名画記》(9世紀)のような画史,画論,作品論は昔からあるが,体系的学問としての美術史が成立するのは,近代以降のことである。
→鑑定 →芸術学
執筆者:高階 秀爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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