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クーダー くーだーRy Cooder

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クーダー
くーだー
Ry Cooder
(1947― )

アメリカのシンガー、ギタリスト。ロサンゼルスに生まれる。本名ライランド・ピーター・クーダーRyland Peter Cooder。10代のころからロサンゼルスのフォーク・ソング・シーンでセッション・ミュージシャンとして活動を始める。ブルース・ミュージシャンのタジ・マハールTaj Mahal(1942― )と組んだライジング・サンズは1960年代なかごろ、ロサンゼルスでは唯一の本格的なフォーク・ブルース・バンドだった。彼らはコロンビアでアルバムをレコーディングしていたが、音源はCDの時代になるまで未発表のままだった。その後、クーダーはテリー・メルチャーTerry Melcher(1942―2004)、ジャック・ニッチェJack Nitzsche(1937―2000)といったプロデューサーのもとで、スライド・ギターの腕を買われセッション・マンとして活動。ニール・ヤング、ローリング・ストーンズ等のアルバムにも参加し、デビュー前から彼の名前はロック・シーンでは知られていた。
 1970年に『ライ・クーダー・ファースト』でソロ・デビュー。自作自演のミュージシャンが主流だったなかで、クーダーは自作曲ではなく、レパートリーをアメリカ音楽の過去の遺産に求めた。その後、彼が取り上げた曲も大部分は、1930年代の大不況時代のブルース、ゴスペル・ソング、フォーク・ソングであり、それらをクーダー流にリメイクしたものだった。これらの活動により、デビュー前から一流であったスライド・ギター、マンドリンの腕前だけでなく、アメリカン・ルーツ・ミュージック全般に対するクーダーの深い造詣も評価を得た。
 その後、テキサスのメキシコ系音楽(テックス・メックス/ノルテーニャ・ミュージック)のアコーディオン奏者フラコ・ヒメネスFlaco Jimenez(1939― )、伝統的ハワイアン音楽のギャビー・パヒヌイGabby Pahinui(1921―1980)など、知られざる伝統音楽の巨匠と共演し、彼らをロックン・ロールやフォーク・ソングのリスナーに紹介するだけでなく、クーダー自身も音楽の幅を大きく広げていった。
 『パラダイス・アンド・ランチ』(1974)、『チキン・スキン・ミュージック』(1976)は、彼の音楽の冒険の成果が披露されたアルバムである。また、『バップ・ドロップ・デラックス』(1979)は、ポピュラー音楽で初めてデジタル録音されたアルバムである。
 1980年のウォルター・ヒルWalter Hill(1942― )監督の『ロング・ライダーズ』から映画音楽を手がけ、以降オリジナル・アルバムよりは映画音楽がクーダーの音楽活動の中心的な場になってゆく。彼の映画音楽の評価を決定づけたのは、ビム・ベンダース監督の『パリ、テキサス』(1984)だった。
 1990年代は、映画音楽の制作と並行しながら、インドのギター奏者やアフリカのミュージシャンとのコラボレーションを続け、彼の音楽はワールド・ミュージック的な展開をみせる。また、キューバ伝統音楽のベテラン・ミュージシャンを集め制作された『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1997)は映画、CDがヒットし、クーダーの名前をより広く知らしめた。[中山義雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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