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ケリマネ Quelimane

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケリマネ
Quelimane

モザンビーク中東部,インド洋にのぞむ港町。ザンベジア県の行政庁所在地。ベイラ北東約 300kmに位置。 1498年にバスコ・ダ・ガマが寄港,1761年ポルトガル植民者の町となり,18~19世紀は奴隷貿易で繁栄した。付近に大規模なココヤシプランテーションがある。綿花コプラサイザルアサなどを輸出。人口 14万 6206 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

ケリマネ(Quelimane)

モザンビーク中部の都市。ザンベジア州の州都。ケリマネ川沿いに位置し、港湾をもつ。18世紀後半にポルトガルの交易拠点が置かれ、ブラジルに向けた奴隷の積出港になった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケリマネ
けりまね
Quelimane

アフリカ南東部、モザンビーク中部の港湾都市。ケリマネ川河口の上流19キロメートルに位置する。人口15万3187(1997)。1763年に建設され、19世紀初頭まではブラジル向けの奴隷貿易の中心地であった。いまではコプラ、サイザル麻、ラッカセイなどの輸出港となっている。[林 晃史]

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世界大百科事典内のケリマネの言及

【モザンビーク】より

…18世紀には多くのアフリカ人が奴隷として当時ポルトガル領であったブラジルに送られ,のちにはフランス領のレユニオン島やマダガスカル島にも送られた。奴隷の主要積出港はケリマネQuelimaneであった。 ポルトガル人農園主の支配に対し,19世紀半ばにチェワ族などの反乱が起こったが鎮圧された。…

※「ケリマネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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