シモーヌ ヴェイユ(英語表記)Simone Weil

20世紀西洋人名事典の解説

シモーヌ ヴェイユ
Simone Weil


1909.2.3 - 1943.8.24
フランスの実存的思想家
パリ生まれ。
エコール・ノルマル・シュペリウール卒。
数学者アンドレ・ヴェイユの妹。アランに学び、学生時代から労働運動や社会活動に参加。卒業後、各地の女子リセの哲学教師となる。1934年1年間休職し工場労働者の生活を経験。’36年スペイン内戦の際人民戦線派義勇軍に参加。その後、’42年米国に亡命。その後占領下の自由フランス軍への潜入を願い、ロンドンの自由フランス政府で働くが肺結核が悪化、又戦時下に苦しむ人々を思って殆ど食事を摂らず、衰弱死。著書「超自然的認識」(’50年)、「ギリシア源泉」(’53年)、「圧迫と自由」(’55年)等。

シモーヌ ヴェイユ
Simone Veil


1927.7.13.(1937.説あり) -
フランスの政治家
元・欧州議会議長。
ニース生まれ。
パリ大学卒。
1957年法務省に入省し、’69年法相官房参事官、’72年フランス国営放送経営委員、’74年厚相を経て、’79年欧州議会議長就任。93年社会問題・厚生・都市問題相。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2012の解説

シモーヌ ヴェイユ
Simone Veil


国籍
フランス

専門
政治家;法律家

肩書
フランス社会問題厚生都市問題相 アカデミー・フランセーズ会員〔2008年〕

生年月日
1927/7/13

出生地
ニース

学歴
パリ政治学院卒

経歴
16歳でアウシュビッツ強制収容所に送られ、妹以外の家族は死亡。1957年法務省に入り、’69年法相官房参事官、’72年フランス国営放送経営委員。’74〜78年ジスカールデスタン大統領の下で厚相を務め、カトリックの伝統からなかなか実現しなかった「中絶法」(’74年)と「協議離婚法」(’75年)の成立に尽力した。’79年欧州議会議員初当選、3期務める。この間’79〜82年議長、’82〜84年法務委員会委員長。フランス民主連合(UDF)に属する中道右派で、’93年3月バラデュール内閣で社会問題・厚生・都市問題相に就任。’95年5月辞任。’89年来日。自伝「シモーヌ・ヴェイユ回想録」がある。

受賞
プリンストン大学名誉博士号;ケンブリッジ大学名誉博士号

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

367日誕生日大事典の解説

シモーヌ ヴェイユ

生年月日:1909年2月3日
フランスの社会思想家,神秘家
1943年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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