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シャリーフ sharīf

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャリーフ
sharīf

高貴な家柄の人をさすアラビア語。複数はアシュラーフ ashrāf。一般には預言者ムハンマドの一族の子孫をさすが,時代や地域や宗教的な立場により,ムハンマド一族の範囲は異なる。

シャリーフ
Sharif, Nawaz

[生]1949.12.25. ラホール
パキスタンの政治家,実業家。首相(在任 1990~93,1997~99)。フルネーム Muhammad Nawaz Sharif。パンジャブ大学で法学士号を取得後,一族が経営する有力財閥イティファク・グループに身を置く。その後政界に入り,1981年パンジャブ州の財務大臣を経て,1985年同州首相に就任した。1990年ベナジール・ブットー首相がグラム・イスハーク・カーン大統領に解任され,これをうけて行なわれた国民議会選挙で,総裁を務める保守連合イスラム民主同盟が勝利し,首相の座についた。1993年にカーン大統領に更迭されたが最高裁判所がこれを無効と裁定し,復職したが政治的混乱の責任をとり辞任した。1997年首相に返り咲き,大統領と軍の権限縮小に乗り出した。1990年代後半に国内経済は沈滞し,1998年のパキスタンの核実験後に科された西側諸国の経済制裁により,国家財政が破綻目前となった。1999年ペルベズ・ムシャラフ陸軍参謀長の解任発表に端を発した軍事クーデターによって首相の座を追われ,終身刑を宣告されたが,2000年に釈放されてサウジアラビアに亡命した。2007年に帰国を許され,2008年2月の選挙でパキスタン・イスラム教徒連盟(シャリーフ元首相派)がアシフ・アリ・ザルダリ率いるパキスタン人民党に次ぐ第二党となり,両党による連立政権を樹立し,同年 8月ムシャラフ大統領を辞任に追い込んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

シャリーフ【sharīf】

〈高貴な血筋の人〉を意味するアラビア語(複数形アシュラーフashrāf)。イスラム以前のアラブ社会でシャリーフと自称し,また他者からもそうみなされた家系は少なからずあった。イスラム以後では,この語はもっぱら預言者ムハンマドの家族の子孫に用いられ,もっともよく知られるのは,10世紀以降20世紀にいたるまでメッカの市政をつかさどった第4代カリフのアリーの子,ハサンの系統をひくシャリーフ家である。ただその範囲は,たとえば彼の叔父アッバースの子孫を含めるか否かなど,時代や宗派そして地方により異なり,ほぼ同義語となったサイイドとの区別もさまざまである。

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世界大百科事典内のシャリーフの言及

【アラウィー朝】より

…フィラーリーFilālī(ターフィーラールトTāfīlālt出身者の意)朝,フィラール朝ともよぶ。王家の先祖は13世紀末,アラビア半島からモロッコ南部のターフィーラールト地方に来住したアラブ系の一族で,預言者ムハンマドの孫ハサンの血を引くシャリーフ(〈高貴な血筋の人〉の意)を主張する。聖者崇拝思想の発展とポルトガルやスペインに対する排外的なジハード(聖戦)意識の高揚を土台に,ムハンマド・アッシャリーフをスルタンとしてターフィーラールトに建国(1631),40年には,アラウィー家のムハンマド・ブン・ムハンマドは,周辺地域を含む王とみとめられた。…

【タリーカ】より

…北アフリカではこのようなバラカをもつ聖者やその継承者がマラブー(マラブート)と呼ばれた。このような聖者崇拝には,シャリーフと呼ばれるムハンマドの子孫に対する崇拝が結びついているのが普通で,タリーカの聖者やシャイフはシャリーフであることが多い。 タリーカの社会的役割としては,民衆にとっての身近な社会集団との結びつきが強かったため,正統的イスラムのシャリーア(イスラム法)による一般的・抽象的な社会統合を補完しえたことが注目される。…

【マグリブ】より

…これらの外的要因と並行して地域社会の内部では,混血が進みアラビア語が普及していった。それと同時に,14世紀末から活発化するポルトガルやスペインの侵攻および内政の混乱に直面すると,各地にシャリーフ(ムハンマドの子孫)を名のる指導者が出現し,アラブ血統意識を高揚させた。この血統意識は実際の血筋がどうであれ,アラブと自覚する者を増加させた。…

【メッカ】より

… アッバース朝(750‐1258)が衰えると,メッカはエジプト・シリアを支配する王朝(ファーティマ朝,アイユーブ朝,マムルーク朝など)の保護下におかれる場合が多くなる。このような場合でも,メッカの実際的な市政は,アリーの子ハサンの系統のシャリーフが担当してきた。16世紀以後はオスマン帝国のスルタンがメッカの保護者であったが,シャリーフが市政担当者であったことはそれ以前と変りがない。…

※「シャリーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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