改訂新版 世界大百科事典 「シラミ」の意味・わかりやすい解説
シラミ (虱/蝨)
sucking louse
シラミ目Anopluraに属する寄生昆虫の総称。約300種知られ,多くの未知種があると信じられている。ハジラミより分化したと考えられるが,化石上の証拠はない。哺乳類の外部寄生虫で被毛の中で生活するが,鳥類からはまったく知られていない。シラミがハジラミと違う点は血液や組織液を吸うことで,口器は3本の鋭い吻針(ふんしん)となり,それを宿主の皮膚に突き刺して咽頭(いんとう)にあるポンプで吸血する。使用しないときは口器は頭の中にひきこまれる。
形態
外形はハジラミに似るが頭部は小さく口器は著しく変形し,舌針,唾腺舌,下唇針から構成され管状となる。触角は5節からなるが,まれには3節のものもある。眼はヒトジラミなどを除き欠如し,あるとしても1対の単純なレンズか受光斑となる。胸部の3節はつねに癒合し,翅はない。脚は毛をつかむのに適するよう変形し跗節(ふせつ)は1節となる。その先端には1本のつめがある。産卵管は退化し,二つの弁となる。
生態
不完全変態で卵→若虫→成虫となる。卵は産卵管の基底部より出される膠(にかわ)様の物質で卵の一端が包みこまれ,宿主の毛に膠着(こうちやく)する。若虫は卵の遊離末端の卵蓋から孵化(ふか)するが,成虫と形がよく似ており,孵化直後より吸血する。若虫は3齢を経て成虫となる。シラミの寿命はよくわかっていないがヒトジラミではふつう約1ヵ月である。
宿主特異性
シラミは生理的にも形態学的にも特定の哺乳類にきわめてよく適応しているので,宿主範囲は限定される。ある1種のシラミは特定の1種,あるいは同属の数種の宿主に限って寄生する。つねに定まった宿主の血液によってのみ生命を維持することができる。またシラミの属はそれぞれ,哺乳類の特定の科またはそれに近縁の科と寄生関係をもつので,宿主とシラミは平行進化したと考えられる。ふつう1種の宿主に1種のシラミが寄生する。ヒト,ウシ,そして少数の齧歯(げつし)類は2種のシラミの寄生をうけるが,これは例外的である。シラミは単孔類,有袋類,コウモリ,ゾウ,クジラには寄生しない。
種類
シラミ類は大きく分けてカイジュウジラミ類,ケモノジラミ類,ヒトジラミ類となり,6科に区分される。カイジュウジラミ科Echinophthiriidaeはアザラシなど海産食肉目に寄生するもので肥厚した短い刺毛が全身を覆う。一見ダニとまちがえる。エスキモーはこれをよく生食する。ケモノジラミ科Haematopinidaeは有蹄類に寄生し,ケモノジラミ属Haematopinusとペカリーケモノジラミ属Pecaroecusの2属を含む。宿主は偶蹄類のイノシシ科,ウシ科,シカ科および奇蹄類のウマ科の動物である。ケモノジラミ属にはウマジラミH.asini,ウシジラミH.eurystesnus,スイギュウジラミH.tuberculatus,ブタジラミH.suis,イノシシジラミH.apriなどがあり,家畜の衛生上重要である。ブタジラミとイノシシジラミは別種とされるが,ブタの家畜化に伴う体毛の減少が分化を招いたと思われる。ケモノヒメジラミ科Hoplopleuridaeはもっとも大きな科で宿主の中心はネズミ類である。サルジラミPedicinus obtusus,エノミスネズミジラミHoplopleura oenomydis,ハタネズミジラミH.acanthopus,イエネズミジラミPolyplax spinulosa,カイウサギジラミHaemodipsus ventricosusなど多数が知られる。ケモノホソジラミ科Linognathidaeは主として偶蹄類に寄生し,2種のみがイヌ,キツネなど食肉類に寄生。ヒツジジラミLinognathus ovillus,ヤギジラミL.stenopsis,ウシホソジラミL.vituli,イヌジラミL.setosusなどが知られる。ヤワケモノジラミ科Neolinognathidaeはアフリカ産の食虫類に寄生する特殊なシラミである。
最後はヒトジラミ科Pediculidaeでヒトジラミ属Pediculusとケジラミ属Pthirusの2属からなる。いずれも霊長類に寄生するシラミである。ヒトジラミPediculus humanusには頭部につく小型の黒ずんだアタマジラミと衣服につく大型の白っぽいコロモジラミの2型があるが,両者は交雑することができ,3代で区別がなくなるという。ヒトジラミの適温は29℃で衣服の中の温度と同じである。体重3mgの雌は1回に1mgの血を吸う。コロモジラミは湿度の高いほうがよく,薄着の夏はあまり繁殖しない。なお,ヒトジラミはミイラからも発見された。近縁種はチンパンジージラミP.schaeffiである。ケジラミP.pubis(英名crab louce)は陰毛に好んで寄生する。体が幅広く,両側に強大な脚が左右にのび一見カニのように見える。体長1.2~1.9mm,灰白色で背面に薄黒い斑点がある。脚の脛節(けいせつ)はよく発達し,前脚は中・後脚に比べ細い。第1~4腹部は癒合し1節に見える。第5~8腹部の側縁には円錐状の突起があり,そこに数本の毛が生える。動作は鈍くあまり移動することはない。ヒトどうしの接触で感染し,寄生部位は陰毛のほか腋毛,あごひげ,まれに眉毛が選ばれる。刺されるときわめてかゆいが,伝染病の伝播(でんぱ)とは関係がない。近似種はゴリラに寄生するゴリラケジラミPthirus gorillaeで,ケジラミ属が無尾猿類起源であることを物語っている。
病気の媒介
ヒトジラミは吸血してかゆみを起こさせるばかりでなく,重大な伝染病を媒介する。発疹チフスの病原体はリケッチアで,シラミの消化管内で増え,糞といっしょにまき散らされる。スピロヘータによる回帰熱,第1次世界大戦中流行した塹壕(ざんごう)熱もシラミが媒介する。衛生環境の改善と殺虫剤の普及で一時ヒトジラミは忘れかけられていたが,1976年ころから発生が目だち始めた。外国から再輸入されたものと思われる。
執筆者:中川 宏
民俗
シラミにまつわる話は古くから見られ,《古事記》には須佐之男(すさのお)命が大穴牟遅(おおなむち)神に八田間(やたま)の大室で頭のシラミ取りをさせた話があり,昔話の継子譚の中にも,継子が山中で会った老婆のシラミをとってやって福を授けられたと語られるものがある。また,シラミが病人から離れるとその死が近いとか,シラミが多くたかったりその夢を見ると金持ちになるなどともいい,シラミの動作を見て何かの前兆とみなす風習もある。シラミは繁殖力が旺盛で,その駆除法は俗信も含めて種々のくふうがなされてきた。
執筆者:飯島 吉晴
シラミと人間
シラミは白虫(しらむし)の転訛(てんか)であるという。古名はまたキササ,その字〈虱〉から半風子(はんぷうし)とも称する。さらにその形から千手観音という異称もあったことが横井也有の《百虫譜》などにも見え,第2次大戦後の大発生期には隠語風にホワイトチイチイと呼ばれた。ノミとシラミはともに人間に寄生して吸血し,かゆみを与えるために,よく対にして扱われるが,ノミが昆虫の中でももっとも進化したものであるのに対し,シラミはもっとも原始的な昆虫の一つである。両方とも翅をもたないが,ノミの翅は進化の途上で退化したものであり,シラミには初めから翅がなかった。
シラミは吸血する際に発疹チフスを媒介することがある。人が大集団で狭いところに住み,不潔な状態になるとシラミが大発生しやすく,発疹チフスも猖獗(しようけつ)をきわめることが多かった。したがって,欧米において過去に戦争熱,飢饉熱,船舶熱,刑務所熱などと呼ばれたものの多くはたいてい発疹チフスである。戦争はシラミの好む条件を満たしやすく,発疹チフスが戦局を支配し,歴史の転換の契機になることもあった。例えばナポレオン1世がロシア遠征でヨーロッパ最大,60万の大軍の大半を失い敗退したのも,フランス軍の中で発疹チフスが大流行したからであるといわれている。人類が古代から頭髪に各種の油を塗るのも,その起源の第1はアタマジラミをよけるためであったという説がある。鬘(かつら)の発明にも,美容上の理由とともにシラミ防除という衛生上の理由があげられる。シラミはその寄主である人間の人種によって体色が変化するといわれ,一般に頭髪の黒い人種につくものは体色が濃いという報告がある。第2次世界大戦の,戦中および戦争直後にはシラミが大発生したが,DDTによってほとんど全滅状態になった。近年海外との交流が盛んになり,復活の兆しがある。
このように有史以前から人類に密着して生活してきたシラミは,親しみをもたれることもある。例えばフランスには,シラミは悪い血を吸う益虫であるから取り尽くさぬほうがよいといい伝えた地方があり,また台湾高砂族の伝説には,かつて人々がたいくつして暮らしていたとき,シラミをよそから移入した者がいて,それ以後,無聊(ぶりよう)に苦しむことがなくなったというのがいて同様の伝説はフランスにもある。日本の文学にもシラミは登場し,《古事記》の記事をはじめ,《古今著聞集》の一話や,曲亭馬琴の《花春虱道行》《花見話虱盛衰記》などが知られている。俳句,川柳にもシラミを扱った作品は数多い。
執筆者:奥本 大三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報