スケート

百科事典マイペディアの解説

スケート

靴の底にブレードbladeを取り付けた,氷上滑走するための用具(skate)。また,それを用いてスピード,ジャンプ,演技の美しさなどを競うスポーツ。スケートの歴史は,靴とブレードの改良,リンクの改善,技術の開発,が三位一体となったものである。スケートの競技には,スピードスケートフィギュアスケートアイスホッケー,ショートトラックの4種類がある。 スケートがいつ,どこで,始まったかということについては不明である。つまり,ある特定の地域から始まって,世界の各地に伝播(でんぱ)していったというよりは,結氷をみる地域にはそれぞれ独自のスケートが考案されたとする同時多発説が正しいようである。なぜなら,スケートに関する考古遺物は寒冷地のあちこちから発掘されているからである。それらの古いものは,いずれも,獣骨を削ってブレードとし,これを木製の履物(はきもの)に固定した,と推定されている。獣骨のうち,もっとも多く出土するのは豚の脛骨(けいこつ)である。長さも固さも手ごろであったこと,比較的身近にいた家畜であること,食用として多く提供されたことなどがその理由として考えられる。ドイツ料理のアイスバインは,塩漬にした豚の足の煮込み料理で,古くから保存食品として重宝されてきた。この骨を削って,穴を開け,紐(ひも)で履物に固定したらしい。 スケートの近代化に大きく貢献したのはオランダであると考えられている。オランダでは12世紀ころから運河の建設が進み,アムステルダムのような大都市には網の目のように運河が張り巡らされた。この運河が冬季に結氷すると,市民たちがここを道路代りに滑走し,移動するということが盛んに行われるようになった。同時に,氷上での娯楽も種類を増し,多くの人びとが冬季の娯楽として積極的に屋外に出てくるようになった。それにつれ,より速く,より丈夫で,より安全なスケート靴の考案が相次いだ。やがて,鉄製のブレードが登場する。しかし,それは一部の金持ちだけで,一般に広く普及するのは19世紀の後半に入ってからのことである。 17世紀ころからスケートをスポーツとして楽しむ市民が多くなり,1742年には,スコットランドで最初のスケートクラブ〈エディンバラ・スケートクラブ〉が設立された。1772年にはフィギュアスケートの技術書が刊行された(英国の砲兵士官ロバート・ジョーンズ著)が,スケートが本格的に近代化するのは19世紀の後半で,その背景には〈鉄製のブレード〉の普及が不可欠であった。とりわけ,靴と鉄製ブレードの一体型が開発されたことによって,スピードもフィギュアの技術も飛躍的に進展した。1892年には国際スケート連盟International Skating Union(ISU)が創立され,翌1893年には第1回スピードスケート世界選手権大会(アムステルダム),1896年にはフィギュアスケート世界選手権大会(サンクト・ペテルブルク)を開催。1924年には冬季オリンピックの正式種目になった。1970年からは世界スプリント・スピードスケート選手権大会が,1985年/1986年のシーズンからはワールド・カップが,1995年/1996年のシーズンからは種目別世界選手権大会が開催されている。日本では1877年に札幌農学校へ招来され,1909年には長野県の諏訪湖でスピードスケート大会が行われた。1920年に日本スケート会,1924年全国学生氷上競技連盟が結成され,1930年から全日本選手権が行われた。→ローラースケート
→関連項目冬季オリンピック

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世界大百科事典 第2版の解説

スケート【ice skating】

靴の底に金具を取りつけたスケートskateと呼ぶ滑走具をはいて氷上を滑走するスポーツ。靴底の金具はブレードblade(滑身)といい,縦に細長く,これが滑走の土台となっている。スケートをする場所はリンクrinkと呼ぶ。スケート競技としては,スピードスケート,フィギュアスケート,アイスホッケーの3種類がある。アイスホッケーについては当該の項目を参照されたい。
[歴史]
 スキーが積雪地方の踏雪具として発達したのと同様に,スケートも湖や沼の多い氷の国の踏氷具を起源としている。

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大辞林 第三版の解説

スケート【skate】

氷上を滑るための用具。底に金属製のブレード(板)をとりつけた靴。スピード-スケート用・フィギュア-スケート用・アイス-ホッケー用がある。アイス-スケート。
を用いてするスポーツ。 [季] 冬。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スケート
すけーと
ice skating

編上げの靴の底に、ブレード(エッジ)とよぶ長い金具を取り付けた滑走用具(スケート)をはいて、氷上を滑走するスポーツ。アイススケートともいう。スケート競技にはスピードspeed(スピードスケート)、フィギュアfigure(フィギュアスケート)、ショートトラックshort track、アイスホッケーice hockeyの4種類がある。同じスケート滑走でも、スピード、ショートトラックおよびフィギュアはおもに個人競技、アイスホッケーは団体競技である。1965年(昭和40)ころまでは、山間の湖沼で自然氷を利用して滑っていたが、現在では人工氷が発達したので、一般スケートも競技会も人工氷を使用することが多くなっている。[両角政人]

起源と歴史

スケートの歴史はスキー同様に古く、石器時代にまでさかのぼるといわれている。ヒツジ、ウマ、トナカイなど動物の骨でつくった滑走用具が、北ヨーロッパで穴居生活の跡から発見されている。これらはスケート用のものではなく、湖沼に張り詰めた氷上の運搬用具と思われる。骨にはところどころに穴があいていて、いろいろの器具に結び付け、滑り用具にしたと考えられる。これらの滑走用具はまず骨製から木製のものにかわり、さらに鉄製のスケートへと移り変わったが、スポーツに用いられるようになったのは近代になってからである。最初はフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの北欧人の間に始まり、ついでオランダ、イギリスに渡り、製鉄技術の進歩とともに各地へ急速に広まった。スケートが中世以降、レジャーからスポーツへと発展した最初の拠点はオランダである。オランダは雪が少なく、網の目のように発達したクリークは、冬季はことごとく結氷して絶好のスケート場となった。
 スケートが競技として発達したのは18世紀後半からで、まずオランダで運河利用の女子スピード競技が行われ、前後して北ヨーロッパでも始まった。19世紀になってからは、フィギュアスケートが中央ヨーロッパ、ロシア、さらにアメリカで盛んになった。1892年には国際スケート連盟(ISU)が組織され、その翌年にはスピードスケートの男子世界選手権が始まり、フィギュアスケートの世界選手権大会も1896年から始まった。スケート競技は冬季スポーツの花となった。そして、第1回のオリンピック冬季大会が1924年1月25日から2月4日までフランスのシャモニーで開かれ、世界選手権大会とともに現在に至っている。
 日本では、1877年(明治10)札幌農学校(北海道大学の前身)のアメリカ人教師ブルックスWilliam Penn Brooks(1851―1938)がスケート用具を持ってきたのが日本渡来の最初とされ、ついで1891年3月新渡戸稲造(にとべいなぞう)がアメリカから母校の札幌農学校へ3足のスケートを持ち帰って学生に滑らせている。札幌は日本におけるスケートの発祥の地となり、しだいに全国に広がった。1905年(明治38)長野県諏訪(すわ)湖地方に鉄道の中央線が開通してから、諏訪湖は日本におけるスケートの中心地となり、全国からスケートの愛好家が集まった。日本のスケートは学生を中心として発達し、1924年(大正13)早稲田大学、慶応義塾大学、東京大学、明治大学、日本歯科医学専門学校(現日本歯科大学)、旧制第二高等学校、旧制松本高等学校により全国学生氷上競技連盟(現在の日本学生氷上競技連盟の前身)が結成されて、翌年長野県松本の六助池で第1回学生スケート選手権大会が開かれた。これら学生のOBを中心に、1929年(昭和4)大日本スケート競技連盟(現在の日本スケート連盟、JSF)が組織され、翌年からスピード、フィギュア、アイスホッケー3種目の全日本選手権競技大会が八戸(はちのへ)、日光で始まった。
 日本がオリンピック冬季大会に出場したのは1932年アメリカ、レーク・プラシッドの第3回大会からで、その後は第二次世界大戦終了直後のサン・モリッツの第5回大会を除いて毎回出場している。戦後は国際交流が盛んになり、オリンピック、世界選手権、各種の国際競技会に出場、1954年(昭和29)と1963年には札幌と軽井沢でスピードスケートの世界選手権大会が開かれ、さらに1972年には待望の冬季オリンピック大会が札幌で開かれた。この年アイスホッケー種目が日本スケート連盟から独立して日本アイスホッケー連盟をつくり、1975年(札幌)、1977年(東京)、1983年(東京)の3回にわたりアイスホッケーBグループ世界選手権を開いた。日本スケート連盟も1977年フィギュアスケート世界選手権大会を東京で開いて、国際交流は内外ともに盛んになった。1998年(平成10)には冬季オリンピックとしては日本で二度目となる長野大会が開催された。[両角政人]

スケート用具

スピード、フィギュア、ショートトラック、アイスホッケー、それぞれ特色がある。スピード用はもっともスピードが出るようにブレード(滑身)の長さが靴より前後に長く、氷に接する面が直線的である。オリンピック・長野大会から多数の選手に使われるようになったスラップスケートslap skateは、つま先を支点としてかかと部分がブレードから離れる仕組みになっており、すこしでも長く氷面に接して押す力がかかるようになっている。また、ショートトラック用はスピードスケート用よりもブレードからの靴の位置が高く、カーブの滑走が容易にできるようになっている。フィギュア、アイスホッケーはブレードの長さが靴底いっぱいの長さで、容易に回転ができるようにスケートの前後が反っていてやや丸みがある。[両角政人]

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世界大百科事典内のスケートの言及

【アイスホッケー】より

…氷上スケート競技の一種。雪や氷で閉ざされる期間の長い北ヨーロッパやロシアなどで,交通の手段として欠くことのできなかったスケートは,12世紀ころから娯楽として楽しまれるようになった。…

※「スケート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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