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ストラフォード伯 ストラフォードはくThomas Wentworth,1st Earl of Strafford

世界大百科事典 第2版の解説

ストラフォードはく【ストラフォード伯 Thomas Wentworth,1st Earl of Strafford】

1593‐1641
イギリスの政治家。1614年から下院に選出され,国王批判派の一人として投獄(1627)されたこともあったが,28年以降国王支持に転じて北部評議会議長,枢密顧問官歴任チャールズ1世の側近として,W.ロードとともに無議会の専制支配の中心人物となった。ことに32年以降アイルランド総督として〈徹底政策〉なる異名のある弾圧を行った。39年帰国して伯爵位を授けられる。強硬な姿勢をとるよう国王に進言したため,40年長期議会から弾劾をうけ,民衆蜂起の脅威から国王が見捨てたため,革命の最初の犠牲者としてロンドン塔で処刑された。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のストラフォード伯の言及

【チャールズ[1世]】より

…そのため第3議会は1628年〈権利請願〉を提出,イギリス国民の既得権に基づいて国王の失政を批判した。国王はいったんこれを認めたが,翌年議会を解散,以後11年間,カンタベリー大主教W.ロードとアイルランド総督ストラフォード伯の2人を側近として,専制支配を行った。不法な課税を強要し,星室裁判所などを利用して非国教徒への弾圧を強めたが,37年J.ハムデンの船舶税支払い拒否を契機として地方行政を担当していたジェントリー層の離反を招き,また同年スコットランドでは英国国教会の祈禱書強制に反対する暴動が起きた。…

【ピューリタン革命】より

…このため議会は翌年解散させられ,以後11年間,議会なしの専制政治が行われた。国王は側近にロード大主教とのちにはストラフォード伯を加え,星室裁判所と高等宗務官裁判所を利用してピューリタンに厳しい弾圧を加えた。また,議会の同意を必要としない財源を求めて,関税の強化,騎士強制金の新設,独占権の濫発,罰金の取立てといった便宜策に頼り,さらにこれまで海港都市だけに課されていた船舶税を内陸部まで広げて徴収した。…

※「ストラフォード伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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