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スレブレニツァ虐殺 すれぶれにつぁぎゃくさつSrebranica Massacres

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知恵蔵の解説

スレブレニツァ虐殺

ボスニア東部の町スレブレニツァで、1995年7月にムスリムの男子住民約8000人が殺害・行方不明となった事件。当時、ムスリム住民が多数を占めるこの町はセルビア人勢力支配下の飛び地になっていたため、国連保護軍の安全地域に指定され、オランダ部隊が駐屯していた。しかし、ムラジッチ司令官率いるセルビア人勢力の侵攻にあい、この事件が生じた。真相究明は困難をきわめているが、旧ユーゴ国際戦犯法廷の努力が実を結び、事実が解明されつつある。鍵を握るセルビア人勢力の政治指導者カラジッチとムラジッチは、95年11月に戦犯として起訴されたが未逮捕のまま。2001年には事件に関与した戦犯のクルスティチ将軍が逮捕され、04年4月の国際戦犯法廷控訴審でジェノサイド罪が初めて確定した。ボスニアのセルビア人共和国はこの事件についての関与を否定してきたが、自らの事件調査委員会の最終報告書に基づき、同年11月政府が正式に関与を認めて事件の犠牲者に謝罪した。05年6月にはセルビアで、国際戦犯法廷のミロシェビッチ裁判に提出されたスレブレニツァ虐殺に自国の準軍事的な警察部隊が関与する証拠ビデオテレビ放映され、国民に衝撃を与えた。タディチ・セルビア大統領は05年7月11日、スレブレニツァ虐殺10周年の追悼式典に参列して哀悼の意を表した。一方、クロアチアでは同年8月5日、95年8月の「嵐作戦」によるクライナ・セルビア人共和国消滅10周年の戦勝式典が挙行され、セルビアの反発をよんだ。「嵐作戦」により、20万を超えるセルビア人が難民・避難民となり、その多くは故郷と財産を失った。この作戦の指揮にあたり、戦犯として起訴されていたゴトビナ将軍は、05年12月にスペインカナリア諸島で逮捕された。

(柴宜弘 東京大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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