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ソ連の政治制度 ソれんのせいじせいど

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソ連の政治制度
ソれんのせいじせいど

ソビエト社会主義共和国連邦 (1922~91) は,1977年の憲法で,プロレタリア独裁の諸課題を遂行することにより成立した「社会主義的全人民国家」で,全権力は人民に属すると規定した。その政治制度は西欧型の議会制や大統領制とはかなり性格を異にし,名づけるとすれば「ソビエト制」というほかない。ソビエトは元来は労働者の革命の機関であったが,17年革命でこれが旧国家機構に代る権力機関に転化して以来,権力機構の中心軸に据えられ,連邦最高ソビエト (→ソ連邦最高会議 ) を頂点に市区町村レベルにいたる地方各級に人民代議員ソビエトが,民主主義的中央集権制の原則に基づいて組織された。またソ連邦は多民族連邦国家として 15の社会主義共和国から成り,20の自治共和国のほか自治州・自治管区がおかれていたが,これら各民族自治単位もそれぞれ人民代議員ソビエトを有した。各級人民代議員ソビエトは,各級に照応する広範な政治的権限を有し,決定採択・その執行の保障監督を行なったが,最重要事項や連邦法・共和国法の採択は全人民投票にゆだねられた。各級ソビエト代議員は普通・平等・直接・秘密選挙で選出されたが,西欧的議会の議員とは異なり,職業的議員ではなく自己の職場を離れずに活動し,また随時リコールされうるという特徴があった。連邦の最高権力機関は連邦最高ソビエトで連邦ソビエト (連邦会議) と民族ソビエト (民族会議) の2院から成り,両院は同権で,代議員数も同じ。民族ソビエト代議員は各民族単位から一定基準に従って選出された。最高ソビエトは年2回招集され,閉会中の常設機関として最高ソビエト幹部会を選挙し,権力執行機関 (政府) として連邦閣僚会議を任命するほか,連邦最高裁判所の選挙,連邦検事総長の任命も行なった。なお閣僚会議には常設機関として閣僚会議幹部会があった。政党としては共産党のみが存在し,憲法中にも政治体制の中核として位置づけられ,強い指導力を有していた。 91年 12月ソ連邦の消滅により,ソ連の政治制度も崩壊した。

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