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トフストノーゴフ Tovstonogov, Georgii Aleksandrovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トフストノーゴフ
Tovstonogov, Georgii Aleksandrovich

[生]1915.9.15.
[没]1989.5.23. レニングラード
ソ連の演出家。 1938年ルナチャルスキー演劇学校の演出科卒業。トビリシ,モスクワなどの劇場で働いたのち,56年レニングラードのゴーリキー・ボリショイ・ドラマ劇場の首席演出家。大胆な空間処理で知られ,おもな演出作品は『楽天的悲劇』 (1955) ,『白痴』 (57) ,『イルクーツク物語』 (60) ,『三人姉妹』 (65) ,『ウエスト・サイド物語』 (67) など。主著『演出家の仕事』O professii pezhissëra (65) 。 83,88年来日。のちに同劇場は彼を記念してトフストノーゴフ・ボリショイ・ドラマ劇場と改称された。

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世界大百科事典 第2版の解説

トフストノーゴフ【Georgii Aleksandrovich Tovstonogov】

1913‐89
ソ連邦の演出家。グルジア人を母にトビリシに生まれる。1938年モスクワの国立演劇大学演出科を卒業。46年までトビリシのグリボエードフ劇場で演出にたずさわり,その後モスクワに移り,中央児童劇場や移動劇団で演出をして頭角をあらわす。49年レニングラードのレーニン・コムソモール劇場主任演出家に任命され,56年レニングラードのボリショイ・ドラマ劇場の主任演出家になり,これを世界一級の劇団に育てあげた。83年秋,劇団を率いて来日した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トフストノーゴフ
とふすとのーごふ
Георгий Александрович Товстоногов Georgiy Aleksandrovich Tovstonogov
(1913―1989)

ソ連の演出家。母親がジョージア(グルジア)人で、ジョージアのトビリシに生まれる。1931年からロシア青少年劇場の俳優兼演出助手になり、1938年モスクワの国立演劇大学を卒業。各地の中小劇団で働くうちに演出家として頭角を現し、1956年にレニングラードのボリショイ・ドラマ劇場(略称БДТ/BDT)主任演出家となる。ビシネフスキーの『楽天的悲劇』の演出(1955)で、1958年演出家として初めてレーニン賞を受賞。スタニスラフスキーの遺産を継承しながら、現代性を強調する大胆で多彩な演出で注目され、多くの優れた俳優を育てた。1983年(昭和58)と1988年に劇団を率いて来日した。[中本信幸]
『トフストノーゴフ著、牧原純・中本信幸訳『演出家の仕事』全2巻(1983・理論社)』

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世界大百科事典内のトフストノーゴフの言及

【サンクト・ペテルブルグ・ボリショイ・ドラマ劇場】より

…やがて《エゴール・ブルイチョフとその他の人びと》(1932),《ドスチガーエフとその他の人びと》(1933),《別荘の人びと》(1939),《敵》(1948)などゴーリキーの一連の作品を上演して,独自の〈顔〉をつくったが,ほかにはコージンツェフGrigorii Mikhailovich Kozintsev(1905‐73)演出の《リア王》(1941)などを除けば話題作にはとぼしかった。56年にトフストノーゴフが主任演出家に就任して以来,生まれ変わり,ソ連有数の劇団になった。70年5月に前衛的な実験用の〈小舞台〉が作られ,古今東西の多様な演目と強力な俳優陣を誇っている。…

【ロシア・ソビエト演劇】より

…そして,スターリンの死の年の53年12月にモスクワ風刺劇場Moskovskii teatr satiryは長いこと葬られていたマヤコフスキーの戯曲《風呂屋》を,次いで55年《南京虫》,57年《ミステリヤ・ブッフ》を上演した。レニングラードでは55年にトフストノーゴフがビシネフスキー作《楽天的悲劇》の演出で演劇界に新風を吹き込んだ。57年にはモスクワにO.N.エフレーモフの率いる現代人劇場Teatr‐studiya“Sovremennik”が創設された。…

※「トフストノーゴフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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