白痴(読み)ハクチ

デジタル大辞泉 「白痴」の意味・読み・例文・類語

はくち【白痴】[書名]

《原題、〈ロシアIdiotドストエフスキー長編小説。1868年刊。白痴とよばれるほど純真無垢な魂をもつムイシュキン公爵が、現実の社会の中でその美しい魂を破滅させていくさまを描く。
川端茅舎の句集。昭和16年(1941)刊。
坂口安吾短編小説。昭和21年(1946)発表。映画演出家の男が、ある日突然飛び込んできて住みついてしまった隣家の女房と、空襲の中を生き延びる。

はく‐ち【白痴】

精神遅滞の重度のもの。→精神遅滞
[補説]書名別項。→白痴

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精選版 日本国語大辞典 「白痴」の意味・読み・例文・類語

はく‐ち【白痴・白癡】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. 知能程度がきわめて低い者。しれ者。たわけ。
      1. [初出の実例]「唯有時々東北望、同僚指目白癡人」(出典:菅家文草(900頃)四・春日独遊三首)
      2. [その他の文献]〔春秋左伝注‐成公一八年〕
    2. 精神遅滞のうち最も重度(知能指数二〇以下)のものをかつて区分して呼んだ語。〔育児読本(1931)〕
  2. [ 2 ]
    1. [ 一 ] ( 原題[ロシア語] Idiot ) 長編小説。ドストエフスキー作。一八六八年成立。癲癇(てんかん)持病に持つ、無類に純粋で美しい人柄のムイシキン公爵が、自分をめぐる人々の間に痛ましい葛藤(かっとう)の起こるのを悲しみつつ自らも破滅の道をたどる姿を描く。
    2. [ 二 ] 小説。坂口安吾作。昭和二一年(一九四六)発表。関係した白痴の女と、空襲下逃げ回り、感覚にのみ生きる彼女の姿にかえって感動する主人公を通し、作者の虚無感を表わした観念的作品。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「白痴」の意味・わかりやすい解説

白痴(ドストエフスキーの小説)
はくち
Идиот/Idiot

ロシアの小説家ドストエフスキーの長編小説。1868年発表。主人公ムイシキン公爵はキリスト的な「ポジティブに美しい人」として構想される。「白痴」とよばれるほどの無垢(むく)な純粋さをもつ公爵は療養先のスイスの病院からペテルブルグに戻り、欲望の権化(ごんげ)である商人ロゴージン、エパンチン将軍家の誇り高い令嬢アグラーヤ、さらに小説の女主人公であり、不幸と凌辱(りょうじょく)のなかにあっても傲慢(ごうまん)な悲劇的美をもち続けるナスターシャ、自殺志願の青年イッポリートらの織り成す人間情熱のドラマに巻き込まれる。副人物レベジェフによる黙示録解釈、ロゴージン家にまつわる去勢派信徒の影などが特異な雰囲気を醸し、主人公には作者の持病であるてんかんのアウラ体験が託される。しかし人々の間に和解と調和をもたらすべき公爵の愛と哀れみの精神も現実世界の荒れ狂う渦の前には無力であり、ロゴージンはナスターシャを殺し、公爵もふたたびスイスに帰らねばならない。

江川 卓]

『木村浩訳『白痴1・2』(『ドストエフスキー全集9・10』1978、79・新潮社)』『米川正夫訳『白痴』全四巻(岩波文庫)』『木村浩訳『白痴』上下(新潮文庫)』


白痴(坂口安吾の小説)
はくち

坂口安吾(あんご)の戦後を代表する短編小説。1946年(昭和21)6月『新潮』に発表。47年5月、同名の短編集を中央公論社より刊行。東京が太平洋戦争の空襲下にあるころ、映画演出家伊沢と逃げ込んできた白痴の女が、猛火の舞い狂うなかを手に手をとって落ち延びる物語である。伊沢は火炎から女をかばいながら、火も爆弾も恐れなくていい、死ぬときはいっしょだといいきかせるが、女の稚拙でいじらしい反応に、彼は逆上しそうになる。戦争を起こした非人間的な巨大な歴史への意志に、白痴を対置させた意味はきわめて鮮烈で、戦後のすさんだ人々の心にほのぼのとした生きる糧(かて)を与えるものであった。

[伴 悦]

『『白痴』(新潮文庫)』

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改訂新版 世界大百科事典 「白痴」の意味・わかりやすい解説

白痴 (はくち)
idiocy
Idiotie[ドイツ]

精神遅滞のなかで最も重い型で,WHOの国際疾病分類の最重度精神遅滞に相当する。全精神遅滞の約5%を占める。知能指数(IQ)は20以下で,2,3歳の知能しかない。言語の習得も不完全で,食事,排便,月経の処理など,生活のすべてに介助を必要とする。社会的に自立することはまったく不可能で,行動異常がみられることも多い。錐体路症状,錐体外路症状,痙攣(けいれん)発作など,身体症状をもつことが多い。また感染に対する抵抗が弱く,看護が困難であるため長寿を保つことは少ない。原因はさまざまで,卵子や精子の障害,染色体異常,出産時障害,出生後の脳炎,ウェスト症候群などによって,脳に器質的障害をもっていることが多い。
精神遅滞
執筆者:

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デジタル大辞泉プラス 「白痴」の解説

白痴

1951年公開の日本映画。監督・脚本:黒澤明、原作:ドストエフスキーの同名小説、脚本:久板栄二郎、撮影:生方敏夫。出演:森雅之、三船敏郎、原節子、志村喬、東山千栄子、文谷千代子、久我美子ほか。舞台を日本に置き換えている。

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普及版 字通 「白痴」の読み・字形・画数・意味

【白痴】はくち

おろか。

字通「白」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の白痴の言及

【愚者】より

…このような望ましい人格のあり方としての〈賢い愚者〉という観念は,ロマン主義の時代になると民衆性を失って矮小化し,理性によって曇りをかけられる以前の,高い徳目をもつ清らかな愚者による俗的理性の救済や両者の対立に置きかえられた。ドストエフスキーの長編小説《白痴Idiot》(1868)やワーグナーの楽劇《パルジファルParsifal》(1882初演)には,このテーマが見られる。現代では,1960年代後半以降,創造的混沌という精神のあり方が再評価されてきており,その脈絡の中で,道化,カーニバル的精神などとともに,愚者という知のあり方も再検討されている。…

【ドストエフスキー】より

…同年12月22日,銃殺刑を申し渡されたが,執行直前に停止され,4年の懲役刑とその後の兵役義務の判決を受けた。この〈模擬〉死刑の体験は《白痴Idiot》(1868)になまなましく描かれている。 シベリアのオムスクで刑に服したが,その体験については《死の家の記録Zapiski iz myortvogo doma》(1862)に詳しい。…

【精神遅滞】より

… 以下に伝統的な分類について述べる。 (1)白痴Idiotie ウェクスラー式知能検査でのIQは20以下で,全精神遅滞の5%を占める。片言程度の言語能力しかなく,社会生活全般に介助を要し,排便,経血,摂食など身の回りの処理にも介助を要する。…

【精神遅滞】より

…また,難聴によって言語の習得と知覚発達に遅れがあるものは,本来の知能は保たれているので,仮性の精神遅滞という。
[分類]
 WHOは知能指数(IQ)によって,精神遅滞を最重度,重度,中等度,軽度,境界に分けているが,伝統的には白痴,痴愚,魯鈍(軽愚)および境界に分けられる。一般に情意の障害は知的な障害ほどは目立たず,むしろ人なつこく,愛きょうがあり,すなおなことがある。…

※「白痴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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