相続財産と同じ意味であるが,法典上は主として遺産分割されるまでの相続財産をさして用いられる。また,相続財産は積極財産のみならず債務(消極財産)も含むのであるが,一般に遺産は債務を控除して残った相続財産の意味で使われることが多い。遺産すなわち相続財産は,ある人(被相続人)の死亡により法律で定められた共同相続人の共同所有となり(民法898条),その後共同相続人の話合いにより各相続人あるいは特定の相続人の個人財産となる。遺産に関してはその範囲と管理とが問題となる。
被相続人に属した財産上のいっさいの権利義務が相続財産となるが,その中には遺産(相続財産として分割の対象となるものをいう)から除外すべきもの,そのほかに遺産に加えるべきものとがあり,さらに遺産に含めるかどうか問題となるものもある。
(1)遺産から除外されるもの 相続財産は被相続人の財産上の権利義務であるから,親子夫婦など身分上の権利義務はもとより,その人がもつ団体の一員としての権利あるいは身元保証債務や労務を提供する義務など,その人の個別性にかかわるいわゆる一身専属的な権利義務は遺産に含まれない(民法896条)。祭祀墳墓等はいわゆる家の跡継ぎ等慣習上これを承継する者が受け継ぎ(897条),また入会(いりあい)権は世帯としてもつ権利であるから世帯の承継者によって受け継がれ,遺産には含まれない。また,共同相続人中,両親のめんどうを見,その財産の維持・取得に努力したなど,遺産の形成について労務の提供や財産上の給付あるいは被相続人の療養看護その他の方法で遺産の維持・増加に特別の寄与をした者があるとき,その者は相続財産中から寄与した分(寄与分)を先取りすることができる(904条の2)。したがって相続財産から寄与分を差し引いたものが遺産となる。
(2)遺産に含められるもの 共同相続人中に,被相続人の生存中,結婚や学資の支給その他生計の資本として(土地建物その他生活資金など)の贈与(生前贈与),あるいは遺贈(遺言による贈与)を受けた者があるときは,その生前贈与や遺贈の特別受益分を被相続人死亡当時の財産に加えたものを遺産とみなし,各相続人の相続分を計算する。特別受益分が相続分よりも少ない場合のみ,その者は残りの相続分を取得できる。特別受益分が相続分をこえるときでも,すでに受けた贈与を持ち戻す必要はない(903条)。しかし他の共同相続人の遺留分を侵害した場合は,その相続人から遺留分に達するまでの持戻請求を受けることになる(1032条)。
(3)遺産に含めるか否かが問題となるもの 保険金,遺族年金,死亡による退職金,香典等,被相続人の死亡を契機として相続人に支払われる金品が遺産に含まれるか否か問題となる(なお相続税法3条には,保険金,年金,死亡退職金は相続財産とみなす,と規定しているが,これは税政策上そうなっているのであって,そのためにこれら保険金等が遺産に含まれることにはならない)。(a)生命保険金が被保険者の死亡によって支払われる場合問題となり,保険金受取人が被保険者(この場合被相続人となる)であるときは,支払われた保険金は被相続人の遺産となる。しかし保険金受取人が相続人中の一人であるとき,その者の保険金受取りの権利は保険契約によって決められたものであるから,その者固有の取得となり遺産には含まれない。ただそれでは他の共同相続人と著しく公平を欠く結果となるので,相続人の一人が受け取った保険金はその者の特別受益分(遺贈または死亡を原因とする生計の資本としての贈与)とみて処理される傾向にある。(b)遺族年金は被相続人と一定の関係にある生存者に支給されるもので,受給者は法律に定められており,受給者固有の権利で遺産には含まれない。(c)退職金は労働者の労務に対する報酬で労働者が生存中退職すれば当然本人に支払われるから,死亡により支払われる退職金は遺産となる。もっとも,通常は法律(国家公務員等退職手当法11条など),労働協約,就業規則などによって受給権者と順位が決められていることが多い。(d)香典は葬儀の費用として葬儀の主宰者に支払われるものであるから遺産に含まれない。
遺産は共同相続人の分割協議により,それぞれ帰属が決まるまで共同相続人が共同管理するが,実際は特定の相続人が管理する。遺産の帰属につき相続人間に対立があるときや相続人が遠隔の地にあって管理できないときは相続財産管理人が管理する(民法918条)。相続人のあることが明らかでないときには遺産は法人として家庭裁判所の選任する管理人が管理する(951,952条)。相続人のあることが明らかになればその法人ははじめから存在しなかったことになり,相続人があらわれないときは,相続債務を清算した残余財産を,被相続人と生計をともにしていた者や被相続人の療養看護に努めた者の請求により,家庭裁判所はその全部または一部を与えることができる(特別縁故者への分与。958条の3)。それでもなお残った遺産は国庫に帰属する(959条)。
→遺産分割 →相続
執筆者:中尾 英俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ある人の死後に残されて相続される財産の総称。相続財産とほぼ同義語とみてよいが、相続財産が、相続によって個々の相続人に承継された財産を、相続人の側からとらえた概念であるのに対して、遺産は、死者(被相続人)が残した財産を包括的にみた場合に用いられる。遺産には、土地、家屋や預貯金、貸し金、有価証券などの積極財産のほかに、死者の残した借金などの消極財産も含まれる。ただ、被相続人自身が行使しなければ意味のない権利(一身専属権という)は、遺産には含まれず、相続の対象にはならない(民法896条)。また、祖先を祭る墳墓や祭具、系譜などの所有権も遺産から除外されている(同法897条)。相続人はいっさいの権利・義務を受け継ぐが、相続人が2人以上の場合には、どの財産をだれにやるかを決めなければならないが、この手続を遺産分割という。
[高橋康之・野澤正充]
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…中世においては,遺産のことを跡職(跡式)(あとしき)と称したが,近世には跡目という語も用いられた。相続の対象となる遺産だけでなく,その相続者をも跡目と呼ぶこともある(たとえば,〈跡目が絶える〉〈跡目を立てる〉など)。…
…法定の相続分を修正することは,必ずしも自由ではない。配偶者,直系卑属または直系尊属が相続人として存在する場合には,遺産の一定部分は,第三者のためにも相続人の一部のためにも,遺言によって処分することができない。この割合を遺留分といい,そのようにして相続権を保障される相続人を遺留分権者という。…
※「遺産」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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