改訂新版 世界大百科事典 「ドケティズム」の意味・わかりやすい解説
ドケティズム
Docetism
〈キリスト仮現論(説)〉と訳される。2世紀以前の初期グノーシス派(グノーシス主義)と神秘宗教から出たもので,キリストは真に肉体の姿をとったのでも,死の苦しみを味わったのでもなく,その受肉と十字架は単なる見かけ,仮象doxaにすぎず,またキリストが無罪であるのはこの世ですでに霊を所有しているからだ,と主張する。90年ころ書かれた《ヨハネの第1の手紙》は,これを主張する者をアンチキリストとして排撃しているが,その集団を特定することはできない。この考えは2世紀のグノーシス派(バシレイデス,マルキオン,《トマスによる福音書》の筆者,ウァレンティヌスなど)のうちに断片的にみられるほか,キリストは父神の顕現様式の一つにすぎないとする〈様態論〉にも現れていて,キリストを〈真の神・真の人〉とする正統派の教義形成を促した。
→キリスト論
執筆者:泉 治典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報