キリスト教の正典のうち〈旧約聖書〉との対比において〈新約〉(新しい約束の意)と呼ばれる27の文書。いずれもヘレニズム時代に一般に用いられたコイネー・ギリシア語で書かれている。まず冒頭にイエスの言行録を記すマタイ,マルコ,ルカ,ヨハネによる4福音書が位置しているが,そのうちではマルコがもっとも古く,後65年ころに書かれたと考えられ,マタイとルカはほぼ確実にそのマルコ福音書を使用している。次に初代の使徒たちの宣教活動を記す《使徒行伝》が続くが,これは《ルカによる福音書》と同一の著者によって80-90年ころに執筆されている。次にパウロの13の手紙が含まれているが,そのうち大多数の学者によって疑いなくパウロの真正の手紙とみなされているものは,今日七つのみ(ローマ,第1と第2コリント,ガラテヤ,ピリピ,第1テサロニケ,ピレモン)であり,残り(エペソ,コロサイ,第2テサロニケ,第1と第2テモテ,テトス)はパウロの弟子たちによるものと思われ,〈第2パウロ書簡群〉と呼ばれる。次にヘブル,ヤコブ,第1と第2ペテロ,第1~第3ヨハネ,ユダの手紙が続くが,すべて1世紀末のもので,ペテロやヤコブ,ヨハネなどの使徒たちによる真正の手紙ではない。最後の《ヨハネの黙示録》は,世の終りについて詳細に描写をする黙示文学書であるが,著者は《ヨハネによる福音書》の著者と同一ではない。新約聖書が最終的に今日の形態をとるに至ったのは,397年のカルタゴ会議においてであり,それまでは各地方でそれぞれ独自のまとまりをもつ聖書が用いられていたと思われる。正典の決定を促す動機となったひとつの要因は,2世紀半ばのグノーシス主義者マルキオンが独自にしかも排他的にみずからの正典をつくり上げたことであった。
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執筆者:青野 太潮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
旧約聖書と並ぶキリスト教の聖典。旧約聖書がヤハウェ神による救いの約束を記しているのに対し,新約聖書はイエス・キリストによる救いの実現を明らかにしている。新約聖書は全27の文書からなる。初めにイエスの生涯と教説を記した四福音書が置かれ,使徒たち,特にペテロとパウロの宣教活動を記した使徒言行録がこれに続く。次に使徒パウロの作とされるローマ人への書簡以下13の書簡がある。そのうちの若干のもの,特にⅠ,Ⅱテモテ書,テトス書の牧会書簡はパウロの手紙の断片を含むが,彼の弟子の作と推定される。ヘブル書は明らかにパウロの作ではなく,作者不明の一種の論文集である。ヤコブ書,Ⅰ,Ⅱペテロ書,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲヨハネ書,ユダ書は特定の教会,個人に宛てたパウロの書簡と異なり,一般に公開されたもので公同書簡と呼ばれる。最後のヨハネ黙示録は黙示文学に属し,ローマ帝国の迫害下のキリスト教徒に忍耐と希望を説き,世の終末における神の審判と信者の浄福を記している。新約聖書の言語は,ヘレニズム世界で広く用いられたギリシア語,すなわちコイネーである。マタイまたはヨハネ福音書は,本来アラム語で書かれたという説はまだ通説となっていない。新約聖書の各巻は,1世紀中頃から2世紀中頃までに書かれたが,2世紀中頃にグノーシス派の異端が教会内の信仰を攪乱する危機が生じ,彼らは種々な文書を用いて,その所論を裏づけようとしたので,正しい聖典を編纂する必要に迫られた。使徒的起源を持ち,福音を正しく伝え,信仰生活の基準となるものが選ばれたが,その決定までには多くの歳月を要し,現行の27文書が正式に公認されたのは,397年のカルタゴ会議においてである。
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…聖書はイスラムの聖典コーランのような一人物を通しての天啓の書物とは異なって,古代イスラエル民族と原始キリスト教の長い歴史の流れの中で多くの人々の手になった多様な文書を収めている。聖書は旧約聖書Old Testamentと新約聖書New Testamentから構成されているが,この区別と名称は2世紀になって初期の教会が福音書や書簡などを,イエス・キリストによる〈新しい契約〉を啓示する書物の意味で新約聖書と呼び,ユダヤ教から継承した聖典をこれと区別して〈古い契約〉(《コリント人への第2の手紙》3:14)の意味で旧約聖書と呼ぶようになったことに由来する。イエスをメシア(救世主)とは認めないユダヤ教では,キリスト教会によって旧約聖書と名づけられた文書が唯一の聖典である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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