コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ネブカドネザル[2世] ネブカドネザル

2件 の用語解説(ネブカドネザル[2世]の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

ネブカドネザル[2世]【ネブカドネザル】

新バビロニア王(在位前604年―前562年)。ナボポラッサルの子。シリアパレスティナを征服,バビロン捕囚を行い,首都バビロンを復興,現在の遺跡の大半は彼の建設にかかる。
→関連項目エルサレム神殿カルデア人

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ネブカドネザル[2世]【Nebuchadnezzar II】

新バビロニアの王。在位,前604‐前562年。正しくはナブー・クドゥリ・ウスルNabū‐kudurri‐uṣur。父王ナボポラッサルの晩年には皇太子としてバビロン軍を率い,たびたび遠征に出た。父王の後を継いで王となった後も,メディアとの同盟関係のおかげで東方の守りを心配することなく,ほぼ毎年シリア,パレスティナ方面に遠征を重ねた。その主たる目的はバビロン軍の力の示威と朝貢国からの貢物の取立てであった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のネブカドネザル[2世]の言及

【カルデア人】より

…カルデア人は軍事的には強くなかったが,ナツメヤシの生産やペルシア湾貿易のおかげで経済的には豊かであった。宿敵であったアッシリア帝国が滅びた後,カルデア人ナボポラッサルによって新バビロニア王国(カルデア王朝)が建てられ(前625),ネブカドネザル2世の治世に最も繁栄し,当時のバビロンは世界の七不思議の一つに数えられた。イスラエルの民のバビロン捕囚もこの王の治世中のことであった。…

【バビロン】より

…これはカルデア王朝とも呼ばれる。ネブカドネザル2世(在位,前604‐前562)は,各地に遠征し,反抗する都市は,例えばバビロン捕囚のような形で徹底的に抑圧し,また大規模な首都再建を実行した。1899‐1917年に行われたドイツ人コルデワイR.Koldeweyの発掘によって明らかにされ,よく復元図に示されているバビロンはこの時代のものである。…

【メソポタミア】より

…前8世紀ころからは,帝国に編入した諸民族を大規模に強制移住させる政策も定着している。アッシリア
[新バビロニア時代]
 カルデア(新バビロニア)朝ではナボポラッサルに次いでネブカドネザル2世が現れ,絶頂期を迎える。バビロンは空前の繁栄を遂げた。…

※「ネブカドネザル[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ネブカドネザル[2世]の関連キーワードシュメールバビロニアバビロンバビロン捕囚カッシートバビロン第一王朝ハムラビカルデア新バビロニア王国ネブカドネザル二世

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone