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ネブカドネザル[2世] ネブカドネザル

世界大百科事典 第2版の解説

ネブカドネザル[2世]【Nebuchadnezzar II】

新バビロニアの王。在位,前604‐前562年。正しくはナブー・クドゥリ・ウスルNabū‐kudurri‐uṣur。父王ナボポラッサルの晩年には皇太子としてバビロン軍を率い,たびたび遠征に出た。父王の後を継いで王となった後も,メディアとの同盟関係のおかげで東方の守りを心配することなく,ほぼ毎年シリア,パレスティナ方面に遠征を重ねた。その主たる目的はバビロン軍の力の示威と朝貢国からの貢物の取立てであった。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のネブカドネザル[2世]の言及

【カルデア人】より

…カルデア人は軍事的には強くなかったが,ナツメヤシの生産やペルシア湾貿易のおかげで経済的には豊かであった。宿敵であったアッシリア帝国が滅びた後,カルデア人ナボポラッサルによって新バビロニア王国(カルデア王朝)が建てられ(前625),ネブカドネザル2世の治世に最も繁栄し,当時のバビロンは世界の七不思議の一つに数えられた。イスラエルの民のバビロン捕囚もこの王の治世中のことであった。…

【バビロン】より

…これはカルデア王朝とも呼ばれる。ネブカドネザル2世(在位,前604‐前562)は,各地に遠征し,反抗する都市は,例えばバビロン捕囚のような形で徹底的に抑圧し,また大規模な首都再建を実行した。1899‐1917年に行われたドイツ人コルデワイR.Koldeweyの発掘によって明らかにされ,よく復元図に示されているバビロンはこの時代のものである。…

【メソポタミア】より

…前8世紀ころからは,帝国に編入した諸民族を大規模に強制移住させる政策も定着している。アッシリア
[新バビロニア時代]
 カルデア(新バビロニア)朝ではナボポラッサルに次いでネブカドネザル2世が現れ,絶頂期を迎える。バビロンは空前の繁栄を遂げた。…

※「ネブカドネザル[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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