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バンドーム広場 バンドームヒロバ

デジタル大辞泉の解説

バンドーム‐ひろば【バンドーム広場】

Place Vendôme》フランス、パリ中央部、セーヌ川右岸にある広場。18世紀初めにルイ14世を称えるために造営。19世紀初頭にナポレオン1世アウステルリッツの戦いの勝利を祝して円柱を建てた。柱上には、トラヤヌス記念柱のカエサル像を模したナポレオン像が置かれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バンドーム広場
ばんどーむひろば
Place Vendme

フランスの首都パリ中央部(第1区)、セーヌ川右岸の広場。チュイルリー庭園の北にあり、すぐ南をサントノレ通りが東西に走る。南北213メートル、東西124メートルの八角形。1685~1720年に建設され、中央にルイ14世の騎馬像が配されたが1792年破壊された。1806~10年、ナポレオン1世がアウステルリッツの戦いで捕獲した大砲を材料に、自身の像をローマのトラヤヌス帝のコローヌ(記念柱)を模して建設、1871年破壊されたが73年再建され、今日に至っている。[高橋 正]

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世界大百科事典内のバンドーム広場の言及

【バロック美術】より

…同様な都市空間の生成はアルプス以北の諸国にも見られ,フランスでは,アンリ4世の時代以降,パリに,円や三角,方形などの幾何学的な平面をもつ記念広場が,それを取り巻く市街建築の整備によって誕生した。バンドーム広場(J.H.マンサール,1685‐99)やコンコルド広場(J.A.ガブリエル,1755‐70)はその例である。こうした建築のスケールを超えた空間のデザインが,もうひとつ豊かな結実を見せたのは,17世紀フランスの幾何学式庭園であり,強い中軸線によって広大な庭の空間を統合するその方法は,ル・ノートルのベルサイユ宮殿の庭園において頂点に達し,その宮殿建築とともに,ヨーロッパ各国に大きな影響を与えた。…

【広場】より

…一方,パリではブルボン王朝の栄華を都市空間に示すべく,ル・ノートル,マンサールなどの計画によって整備,改造が進められた。ローマでは,カンピドリオ広場,サン・ピエトロ広場など,パリではバンドーム広場,コンコルド広場などがある。このような都市空間の秩序づけはパリではさらにオスマンの都市改造に引き継がれるとともに,イギリスやドイツはもとよりワシントンなど新大陸の首都計画にも大きな影響を与えたのである。…

※「バンドーム広場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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