バーニー(読み)ばーにー(英語表記)Matthew Barney

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バーニー(Matthew Barney)
ばーにー
Matthew Barney
(1967― )

アメリカの美術家。サンフランシスコで生まれる。6歳のとき両親とアイダホ州ボイシに移住、両親の離婚後父と暮らすが、ニューヨークに移った抽象画家である母のもとを訪れ、芸術に触れる。高校卒業後ファッション・モデルをするかたわら、エール大学で医学と芸術を専攻。1991年ニューヨークのギャラリーで初個展を開催し、脚光を浴びる。同展では裸でギャラリーの壁をよじ登り天井から落下するパフォーマンスを行い、その様子や女装などの異様な風体でのパフォーマンスを記録したフィルム、そしてパフォーマンスに使われた彫刻を展示したインスタレーションを組み合わせて作品とした『トランスセクシャリス』(1991)を制作。この作品にみられるように、初期作品は鍛練や苦行を通して人間の身体の限界への超越を示唆するものだった。また、『トランスセクシャリス』における人間の筋肉や骨の構造に似た形の器具の使用や、高所からの落下、ビデオ作品『ドローイング・リストレイント』(1993)における、ギリシア神話から題材を得た半人半馬や産道を思わせる狭い構造など、1970年代のパフォーマンス、ビデオ作家ブルース・ナウマンの影響と同時に、バーニーの後の作品に頻出するイメージがすでに現れていた。
 バーニーの国際的名声を確立したのは、1994~2002年に制作された壮大な5部の映像作品『クレマスター』である。『クレマスター4』(1994)、『同1』(1995)、『同5』(1997)、『同2』(1999)、『同3』(2002)の順で完成した。「クレマスター」とは睾丸を上下させる筋肉のことで、この作品では男と女、人間と動物、身体と機械との境界を曖昧にする変身物語が繰り広げられる。これはアメリカの歴史とバーニーの自伝、自己超克の夢と失敗の幻想が交錯する現代の神話である。バーニー自身も羊人間、実在の殺人犯ゲーリー・ギルモアGary Gilmore(1932―1977)、奇術師ハリー・フーディーニを彷彿させる魔術師、奇怪な巨人などに扮して登場し、また、作家ノーマン・メイラー、彫刻家リチャード・セラ、初代ボンド・ガールの女優ウルスラ・アンドレスUrshula Andress(1935― )などカリスマ性の強い有名人が出演した。
 『クレマスター1』はミュージカルで、バーニーの育ったボイシにあるブロンコ・スタジアムの上空に2機の飛行船が浮かんでいる場面がある。なぜかその2機の中にあるテーブルはつながっている。テーブルの下にいる女神「ミス・グッドイヤー」がダンスのパターンを指示する図形を描くと、スタジアムのコーラス・ガールたちはその図形のとおりに群舞を繰り広げる。『クレマスター2』ではロッキー山麓やソルト・レーク・シティを舞台に、ギルモアの犯罪が描かれる。そしてバーニー扮するギルモアがロデオによる死刑を執行されると、物語はギルモアの伝説上の祖父である、メイラーが演じるフーディーニがアメリカへ到着した過去へと引き戻される。『クレマスター3』では、ニューヨーク、クライスラー・ビルのなかで、セラが扮する伝説上のヘブライの建築家ヒラム・アビッフHiram Abiffとバーニー扮する徒弟が対決し、グッゲンハイム美術館では変身した徒弟と豹女が、螺旋状の展示場を上昇しながら死闘を演じる。ギルモアはゾンビとして再生するが、再び死に、物語はイギリス、マン島誕生へと移る。『クレマスター4』では、マン島で複数のレーシング・チームが逆の方向にある岬に向かっておのおの疾走する様子と、バーニーが扮する雄羊の耳をもつ「ラフトン(マン島特産の羊)候補者」が海底へ落下、ラフトン羊へと変身する過程が同時進行で描かれる。そして『クレマスター5』では、ブダペストのオペラ・ハウス、ローマ式浴場、ドナウ川にかかるランチッド橋を舞台に、アンドレス演じる女王とバーニーの扮する魔術師の恋を軸に、魔術師の水底への落下、両性具有のディーバ(歌姫。バーニーの二役)の舞台の天井からの落下と死、巨人の浴場からの登場や女王の死が描かれる。
 回を追うごとに緻密さを増す映像や、有名人の出演、循環的な物語構造が、しばしば「バロック的」と評される絢爛で空虚な世界観を形成する。同時に、体液のようなワセリンの滴(したた)り、義手や義足で変形した身体や人体的な彫刻、拘束や惨殺といったイメージが、なまなましい身体性と夢幻的な世界を融合させる。
 『クレマスター』は、1930、1940年代のハリウッド映画のエンターテインメントや、1960年代アンダーグラウンド・フィルム監督ジャック・スミスJack Smith(1932―1989)による、性差の概念に挑戦する倒錯的なファンタジーの要素も取りこんでいる。そのスペクタクル映画の技法を批判の対象としてではなく、観客を魅了するための道具として批評的に利用するバーニーの創作姿勢は、前衛とキッチュの対立を解消し、土着性と衒学(げんがく)性を統合した、1990年代アメリカ美術の優れた表現の一つである。
 1993年ベネチア・ビエンナーレで2000年賞、1996年ヒューゴー・ボス賞受賞。1992年ドクメンタ9(ドイツ、カッセル)、1993年、1995年のホイットニー・バイエニアル(ニューヨーク)、1999年カーネギー国際美術展(ピッツバーグ)への参加など、国際・国内展に多数参加。2002年夏から2003年春にかけて『クレマスター』全編に用いられた彫刻と映像を組み合わせた完成披露展が開催され、ドイツ、ケルンのフリードリヒ美術館を皮切りに各地を巡回し、ニューヨーク、グッゲンハイム美術館を最終地とした。[松井みどり]
『Matthew Barney; An Interview with Thyrza Nichols Goodeve (in Art Forum, May 1995, Art Forum, New York) ▽Jerry Saltz,Thyrza Nichols Goodeve Matthew Barney, Tony Ousler, Jeff Wall (1996, Sammlung Goetz, Mnchen) ▽David Frankel Hungarian Rhapsody (in Art Forum, October 1997, Art Forum, New York) ▽Katy Siegel Nature Boy (in Art Forum, Summer 1999, Art Forum, New York) ▽Neville Wakefield, Nancy Spector et al. Matthew Barney; The Cremaster Cycle (2002, Harry N. Abrams, New York)』

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