ギリシア神話(読み)ぎりしあしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギリシア神話」の意味・わかりやすい解説

ギリシア神話
ぎりしあしんわ

紀元前8世紀の作品とされるホメロスの二大叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』、およびこれらとほぼ同時代のヘシオドスの『神統記』『仕事と日々』を嚆矢(こうし)とする、現存の古代ギリシア文学に物語られ、美術に表されて伝えられた神話。古代ローマの神話も、ゼウスをユピテル、ヘラをユノ、アテネをミネルバというように、神名をラテン語にかえた程度にすぎず、大部分はギリシア神話の翻案か、再説されたものである。通常はギリシア・ローマ神話として一括され、ギリシア神話の一部として取り扱われている。ギリシア神話は、世界の神話のなかでも内容の豊富さにおいて際だっており、文学的価値においても傑出している。とくに欧米人の発想の源泉として、聖書とともに文学、芸術などに多くの主題を提供してきたため、欧米文化を理解するためには、ギリシア神話の知識を欠くことができない。

[吉田敦彦]

成立

ギリシア神話の起源は、ホメロスやヘシオドスの時代よりもずっと古くにさかのぼる。シュリーマンに始まる考古学的発掘により、紀元前二千年紀にギリシアとクレタ島、および小アジア北西海岸の古代都市で栄えていた青銅器文明の実態が明らかにされたが、ギリシア神話のなかには、この文明の様相がいろいろな点で如実に反映されている。また近年、ミケーネ文明の時代にクレタ島とギリシア本土でギリシア語を記すのに用いられていた文字が解読され、ギリシア神話のなかのもっともおもだった神々の多くが、当時すでに祭祀(さいし)を受けていたという事実も判明した。しかも、ホメロスの詩に用いられている独特の言語と作詩法は、即興的に吟唱、暗唱するのにきわめて高い完成度に達しており、その背後には多くの世代にわたる叙事詩人たちの活動があったと推定される。つまり、現存するギリシア神話は、ホメロスやヘシオドスらによってつくりだされたものではなく、すでにミケーネ時代に原形が形成され、文学作品に書き留められて、おもに叙事詩として口承されたことが確実と思われる。

 ギリシア語を話す民族が初めてギリシア本土に上陸したのは、さらに古く前三千年紀末葉のことであったと考えられ、彼らはインド・ヨーロッパ語族に属するギリシア語とともに、すでに原住地で形成されていた神話をもって移住してきたと考えられる。ギリシア神話には、その先住民の神話の影響が大幅に取り入れられたと思われる。そのうえ、ミケーネ文明はクレタ島のミノア文明の強い影響を受けて生まれており、エジプトやヒッタイトフェニキアなど、当時東地中海域に栄えていたオリエント諸文明を介して、さらにメソポタミアの文化からも間接的影響を受けていたと考えられる。事実、人類の始祖デウカリオンとその妻ピラの時代におこったとされている洪水の話は、メソポタミアの『ギルガメシュ物語』の有名な大洪水の話に酷似しており、ヒッタイト神話のなかには、ウラノス、クロノス、ゼウスの3代にわたる血なまぐさい天上の王の交代争闘の話とかなりよく似た物語が発見されている。つまり、ミケーネ時代に成立したと目されるギリシア神話の原形は、前三千年紀末葉に持ち込まれた、ユーラシアのステップ地帯を原郷とするインド・ヨーロッパ諸族の共通文化に由来する神話が、風土と生活の変化に適応しながら混淆(こんこう)と変化を遂げたものと考えられる。

[吉田敦彦]

特徴

しかし、そのような混淆と変化によっても、インド・ヨーロッパ諸族神話の構造と要素は消滅しておらず、かなり明瞭(めいりょう)な痕跡(こんせき)をとどめている。たとえば英雄ヘラクレスとインド神話のインドラやゲルマン神話のトールとの間、またゼウスの双子の息子のカストルとポリデウケスディオスクロイ)とインド神話の兄弟神アシュビンとの間には、かなりの類似がみられる。また有名な「パリスの審判」の話では、ヘラとアテネとアフロディテのうちでもっとも美しい女神を選ぶことをゼウスから求められたトロヤの王子パリスは、ヘラからアジアの支配を、アテネから戦闘に勝つことができる武勇を、アフロディテから世界一の美女を妻に与えることを贈り物として約束された。そこでパリスは、世界一の美女ヘレネと結婚したいがため、アフロディテをもっとも美しいと判定する。この選択の結果、彼はトロヤ戦争とトロヤの破滅を自らの手で招くことになった。つまりパリスは、自分とトロヤのためにアフロディテの庇護(ひご)を確保したものの、アフロディテより上位の2女神を怒らせ敵にしてしまったわけである。

 この話の構成には、フランスの比較神話学者G・デュメジルが指摘しているように、インド・ヨーロッパ諸族神話に共通してみられる独特の世界観が反映されている。つまり、デュメジルによって三機能体系とよばれているこのインド・ヨーロッパ諸族の世界観によれば、アフロディテのつかさどる美や愛欲の機能は、王権と宗教に関係する機能(=ヘラ)、および戦闘の機能(=アテネ)とともに、世界の秩序維持のために肝要な機能とされたが、他の2機能より下位のものとみなされた。同様に『イリアス』のなかでも、アフロディテがトロヤ側に、ヘラとアテネがギリシア側に異常なほど熱心に味方して抗争するようすが歌われている。このように上位2機能と、デュメジルのいう第三機能との間の角逐を主題とする話は、インド、イラン、ゲルマン、ケルト、古代ローマなど、おもなインド・ヨーロッパ諸族神話のほとんどに共通してみいだされるもので、もともとインド・ヨーロッパ諸族神話の重要な特徴の一つを構成していたと思われる。

[吉田敦彦]

伝承

ギリシア神話は、ホメロスやヘシオドスに歌われたのち、『ホメロス賛歌』として伝えられている詩や、ピンダロスの競技勝利歌、その他の叙情詩に歌われ、古典期のアテネではアイスキロス、ソフォクレスエウリピデスの三大悲劇詩人に題材を提供し、彼らによってわれわれの知るものに近い形に完成された。陶器絵や神殿の彫刻などのギリシア美術の作品も、ギリシア神話を伝える資料として重要な価値と意味をもっている。ヘレニズム時代には、とくにアレクサンドリアで、テオクリトスやリコプロン、ロドスのアポロニオスらによって衒学(げんがく)的な神話詩が数多くつくられ、アポロドロス作として伝わる『ビブリオテケ』のような、ギリシア神話の全体を標準的に概説したような書物も著された。これら古代ギリシアの文学と美術のほかに、ギリシア神話はウェルギリウスオウィディウスらのラテン文学の作品でも詳しく取り扱われ、さらに12世紀のビザンティンの古典学者エウスタティオスやツェツェスらの著作のなかでも取り上げられている。欧米人のギリシア神話に関する知識は、一般にはオウィディウスに代表されるラテン文学の作品をおもな典拠としてきた。そのため、欧米の文学や美術に出てくるギリシア神話の神々や英雄たちは、ほとんどユピテルとかヘルクレスなど、ラテン語名に基づいた名でよばれている。

[吉田敦彦]

神々の誕生

原古、混沌(こんとん)の深淵(しんえん)カオスに王として最初に君臨したのは、天空ウラノスである。彼は母である大地ガイアと結婚し、まずティタンという男女6柱ずつあわせて12柱の神々をもうけた。さらに2組の三つ子の怪物たちを生むが、ウラノスはこれら異形の子供たちを嫌って、生まれるとすぐにガイアの胎内に戻してしまった。怒ったガイアは、アダマスという特別頑丈な金属を発生させて大きな鎌(かま)をつくり、ティタンたちの末弟クロノスにウラノスの性器を切り取らせた。

 去勢された父にかわって天上の王位についたクロノスは、姉のレアと結婚し、炉の女神で処女神のヘスティアを生む。さらに、豊穣(ほうじょう)と農業の女神デメテル、末弟ゼウスの正妻となりオリンポスの女王の位につくヘラ、冥府(めいふ)の王となるハデス、海の王となるポセイドンが次々に誕生した。息子たちに王位を奪われるという預言を信じたクロノスは、これらの子供たちを次々に飲み込んでしまう。だが最後に生まれたゼウスだけは、ガイアの助言によりクレタ島に隠されて育てられ、成長するとクロノスに吐き薬を飲ませて兄と姉たちを助けた。そして、兄たちと協力してオリンポス山上に集結し、クロノスとティタンたちに対し戦いを開始した。ティタノマキアとよばれるこの戦闘は10年間続いたが、やがてゼウスたちの勝利に終わり、クロノスらを地底の暗黒界タルタロスに幽閉してしまった。

[吉田敦彦]

ゼウスとオリンポスの神々

天上の王となったゼウスは、神々にそれぞれの地位と職分を定め、自らはまず知恵の女神メティスと結婚した。メティスは女児に恵まれるが、次に男児が生まれ、その子はゼウスの王位を奪うことになるとのガイアの預言から、ゼウスはすでに妊娠していたメティスを腹の中に飲み込んでしまう。ところが胎児はそのまま成育し、やがて甲冑(かっちゅう)を着けて槍(やり)と楯(たて)を持ったアテネが、雄たけびをあげながらゼウスの頭のてっぺんから飛び出した。戦いの女神であり、技術万般の神でもあるアテネは永遠に処女で、アテネ市の守護女神として名高い。

 ゼウスはこのほかに、ティタンの一人で掟(おきて)の女神テミス、姉のデメテル、さらに記憶の女神ムネモシネなどとの間にも多くの神々をもうけた。ゼウスがティタンのコイオスの娘レト女神を愛人にして、彼女に男女の双子を懐妊させたとき、彼はすでにヘラと結婚していた。レトに嫉妬(しっと)したヘラは、世界中の土地に対し、レトに分娩(ぶんべん)の場所を提供してはならないと命令したため、レトは臨月の腹を抱えて難渋した。しかし最後に、当時はまだ海面に漂う岩塊で、土地の数に入らなかったために、ヘラの禁令を受けていなかったデロス島に頼み込み、アルテミスとアポロンを出産することができた。その結果、アポロン誕生の聖地となったデロス島は、ギリシア世界の中心にあたるエーゲ海上のキクラデス諸島の真ん中に固定された。アポロンは音楽の神でもあり、医神アスクレピオスの父である。彼は、人間と都市のあらゆる病に治癒をもたらす救い主的医神でもあった反面、弓矢の神であり、彼の矢が人間に向かって放たれると、死を招く疫病の矢になると信じられた。潔癖な処女神アルテミスは、処女のニンフたちを率いて山野で狩りにふけるが、同時に野獣の守護神でもあり、人間の子供の誕生と成長にも加護を垂れると信じられた。のちにアポロンは太陽神、アルテミスは月の女神とみなされるようになるが、もともとのギリシア神話の太陽神はヘリオス、月の女神はセレネで、曙(あけぼの)の女神エオスとともにティタンのヒペリオンの子とされていた。

 ゼウスはヘラとの間に青春の女神ヘベと、お産の女神エイレイテイア、それに殺戮(さつりく)と流血を好む残忍な戦神アレスをもうけた。ゼウスは人間の女にも多くの子を生ませるが、そのなかで例外的に有力神の地位を得たのが、ディオニソスとヘラクレスである。ヘラクレスは、人間の女から生まれた他の息子たちと同様、可死の人間の英雄として母のアルクメネから生まれた。しかし、ヘラの執拗(しつよう)な迫害によって筆舌に尽くせぬ苦しみをなめさせられながらも、その艱難(かんなん)に耐え、12の功業をはじめとする無数の超人的偉業を達成して、不死の神にふさわしい器量の持ち主であることを証明した。彼は最後には、からだ中を猛毒に冒され、苦悶(くもん)しながらもオイタ山の頂上に薪(たきぎ)の山を築かせてその上で焼け死ぬ。だが、そのときゼウスから受けた彼の神性は、燃えた肉体から解放されて天に昇り、ゼウスのとりなしによってヘラとも和解し、ヘベと結婚してオリンポスの主神たちの列に加えられた。

 ゼウス、ヘラ、ポセイドン、ヘスティア、デメテル、アテネ、アポロン、アルテミス、アレス、ヘファイストス、ヘルメスとともに、オリンポス十二神の一つに数えられる美と愛の女神アフロディテは、一伝によれば、ディオネ女神から生まれたゼウスの娘である。しかし、彼女はウラノスの娘で、海に投げ捨てられたウラノスの男根からわいて出た泡の中で生まれ、キプロス島に上陸してオリンポスに行き、神々の仲間に加わったとする伝えもある。ある神話によれば、彼女はヘファイストスと結婚させられたが、醜男(ぶおとこ)の夫を嫌って、たくましいアレスと密通を重ねた。後の神話では、愛神エロスはこの不義によって生まれたアフロディテの息子とみなされるようになった。古い神話でのエロスは、原初にカオスに続いて発生した最古の神格の一つであったが、アフロディテが誕生すると、自ら進んで彼女に随従するようになったとされている。

[吉田敦彦]

人類の発生

最古の人類は、クロノスがまだ天上の王であった時代に発生した黄金の種族で、労苦も災いも知らず、不老のまま宴会の悦楽のみにふけって暮らすことができた。彼らがまるで眠るように安らかに死に絶えると、こんどは傲慢(ごうまん)で不敬虔(けいけん)な銀と青銅の種族が出現した。戦闘ばかりに熱中し、ほかになんの関心ももたなかった青銅の種族が、ゼウスのおこした大洪水によって滅ぼされたあとに生じたのが、神話に活躍を物語られている半神的英雄たちの種族である。そしてこの種族が死に絶えたのちに、現在の鉄の種族である人類が発生した。

 いまの人類は、あらゆる種類の災いに苦しめられ、つかのまの生を生きなければならない。それは、ティタンのイアペトスの息子プロメテウスが、ゼウスを欺いて天から火を盗み、人間に与えてしまったことへの怒りに原点がある。ゼウスは神々に命じて、最初の人間の女パンドラをつくらせ、プロメテウスの弟で愚か者のエピメテウスに嫁がせた。さらにヘルメスにより、破廉恥(はれんち)な心と盗人の性質を入れられたパンドラの後裔(こうえい)の女たちの種族が発生し、これと結婚して、嘘(うそ)と貪欲(どんよく)に悩まされながら暮らすことが、人間の男の運命と決められた。そのうえパンドラは、夫の家でみつけた甕(かめ)の蓋(ふた)をとり、それまで中に封じ込められていたあらゆる災いを外に飛び出させてしまった。その結果、人間は以後もろもろの災いに絶えず外側から脅かされながら、内部からは希望によって鼓舞されると同時に、欺かれて生きていかなければならなくなった。

 英雄の種族の人類は、ゼウスによって定められた運命をすでに負わされて大洪水のあと地上に発生した。それゆえ、この運命の過酷さに耐え、多くの輝かしい偉業を成し遂げた彼らの活躍の物語は、古代ギリシア人にとって生き方の指針を示す、大きな意味をもったのである。

[吉田敦彦]

『高津春繁著『ギリシア・ローマ神話辞典』(1960・岩波書店)』『吉田敦彦著『ギリシア・ローマの神話』(1982・筑摩書房)』『G・S・カーク著、辻村誠三他訳『ギリシア神話の本質』(1980・法政大学出版局)』『ルネ・マルタン監修、松村一男訳『図説 ギリシア・ローマ神話文化事典』(1997・原書房)』『M・マクローン著、甲斐明子、大津哲子訳『ギリシア・ローマ神話』(2000・創元社)』『呉茂一著『ギリシア神話』上下(新潮文庫)』『T・ブルフィンチ著、野上弥生子訳『ギリシア・ローマ神話』(岩波文庫)』『T・ブルフィンチ著、佐渡谷重信訳『ギリシア神話と英雄伝説』上下(講談社学術文庫)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギリシア神話」の意味・わかりやすい解説

ギリシア神話
ギリシアしんわ
Greek mythology

前 2000年頃ゼウス神を奉じてギリシアに侵入したインド=ヨーロッパ系のギリシア人が,固有のものを中核に先住民族,近隣民族のものなどを合せて,長い消長変化を経て発展させた神話伝説の総称。神々の物語,英雄譚,宇宙の本質や宗教儀式にまつわる物語など,非常に多彩な叙述作品を網羅している。ある分類によれば,叙述の一部は時間を超越した神々の物語を語った本来の宗教神話であるが,ほかは正しくは伝説と呼ぶべきもので,歴史物語に擬した物語である。民話によくあるテーマもしばしば見受けられる。
ギリシア神話は,主としてギリシア文学を通して今日までに伝えられている。現存する最古の文学的源泉はホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』で,トロイ戦争前後の事件とオリュンポス山の神々の世界での出来事を中心に描いている。ホメロスとほぼ同時代のヘシオドスの叙事詩『神統紀』と『仕事と日々』には宇宙の起源の物語,代々の支配者である神々の系統,人間の時代の系統,人間の災いの起源,いけにえの儀式の起源が述べられている。『ホメロス賛歌』にも神話が保存されている。抒情詩ではピンダロスの作品に多い。前5世紀の悲劇作家では,アイスキュロスソフォクレスエウリピデスの作品にみられる。ヘレニズム期 (前 323~30) の学者や詩人の著作ではカリマコスエウヘメロス,ロードスのアポロニオス,ローマ帝国時代の作家ではプルタルコスパウサニアスの名があげられる。
ギリシアの宗教神話は,神々の起源に関する天地創造の物語や,オリュンポスを支配する最高神ゼウスを頂点とする不死の存在間の内紛の物語などから成り,宗教儀式と結びついていることもある。また,ゼウスと女神たちや人間の女性との情事の物語も含まれており,この結果として若い世代の神や英雄が誕生する。ギリシアの天地創造神話はヘシオドスの『神統紀』に描かれている。ヘシオドスによれば,世界は4人の神,カオス (渾沌) ,ガイア (大地) ,タルタロス (暗黒界) ,エロス (愛) の誕生によってつくられたという。のちにガイアからウラノス (天空) が生れ,その後ガイアとウラノスの息子クロノスが息子のゼウスに追放され,ゼウスが神々のあるじになった。
神々に関する神話には,誕生,怪物やライバルに対する勝利,恋愛,特別な力,祭典や儀式などが描かれている。神々は幅広い力を有していることが多いので,それに応じて神話も複雑である。たとえばアテネの守護神アテナは,戦いの女神でもあり,英雄たちの守護者としても登場する。神々の伝令役ヘルメスは盗人の神としての性質もそなえ,美と愛の女神アフロディテは性愛行為の象徴ともされる。酒神ディオニュソスは狂乱,奇跡,儀式上の死まで結びつけて語られる。一方で,神々の人間的な側面を扱った物語も多い。その典型が『イリアス』で描かれているゼウスと妻のヘラの夫婦げんかの描写である。人気テーマを扱った民話風の物語も,ギリシア神話に加えられている。たとえば,失踪した人間が長い冒険ののちに帰還する話がその例で,英雄オルフェウスが妻のエウリュディケを生者の世界に連れ戻すため黄泉の国に行った物語や,ヘラクレスオデュッセウステセウス (ミノタウロスを殺した英雄) の物語などがあげられる。平凡な男が悪知恵を働かせて非常に危険な賭けに出る話 (オデュッセウスなど) ,超人 (ヘラクレスなど) をだまして利用する物語も,ギリシア神話に繰返し登場する。
ギリシア神話は古代ギリシアの詩や叙事詩,戯曲の源泉となり,哲学者や歴史家にも多大な影響を与えた。ローマ人はギリシア神話をそっくりそのまま自分たちの文学に組込み,ラテン語という言語によって,またオウィディウスの作品によって,のちに中世の想像力の源となった。さらに,後世の再評価や再解釈によって,西洋文明に比類のない大きな影響を与え,その範囲は芸術,文化の主題から科学技術の語彙にまで幅広く及んだ。

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