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パトモス島 パトモスとうNísos Pátmos

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パトモス島
パトモスとう
Nísos Pátmos

ギリシア,エーゲ海南東部,ドデカニソス諸島北端の島。サモス島の南約 35kmに位置する。西に張り出した弧状の島で,東に半円をなすように小島が連なることから,先史時代に噴火した大火山が沈降してできたと考えられる。ドーリス人に次いでイオニア人が植民したが,ローマ時代は流刑地となり,中世には無人島となった。 1088年南部に修道院が建設され,ベネチア領時代 (1207~1537) には修道院による自治が確立。 1537~1912年オスマン帝国領。その後 30年以上イタリアの支配を受け,1947年ギリシア領。主産業は海綿採取で,ブドウ,穀類,野菜なども栽培される。修道院を含むキリスト教時代の建造物は,1999年世界遺産の文化遺産に登録された。面積 34km2。人口 2534 (1981) 。

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デジタル大辞泉の解説

パトモス‐とう〔‐タウ〕【パトモス島】

Pátmosエーゲ海南東部のドデカネス諸島にある島。紀元95年に聖ヨハネがこの島に流刑され、神の啓示を受けて「黙示録」を書いたとされている。11世紀に聖ヨハネ修道院が造られ、その後修道院は要塞化されてヨハネの聖地を守っている。東方正教会の巡礼地の一つ。1999年に「パトモス島の神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟の歴史地区(コーラ)」として世界遺産(文化遺産)に登録された。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

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