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ヒュペレイデス ヒュペレイデスHypereidēs; Hyperides

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒュペレイデス
Hypereidēs; Hyperides

[生]前390頃
[没]前322
ギリシアの雄弁家。ラミア戦争の主導者。富裕な家に生れ,プラトン,イソクラテスの教えを受けたらしい。アテネ十大雄弁家の一人。反マケドニアの態度を貫き,デモステネスを強く支持したが,前 323年マケドニアのハルパロスに買収されたとしてデモステネスを告発した。クラノンでのアテネ軍敗戦ののち,アンチパトロスに捕えられ処刑された。デモステネス弾劾演説の断片などわずか6編が現存。

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百科事典マイペディアの解説

ヒュペレイデス

ギリシアの弁論家。イソクラテスの弟子。徹底的な反マケドニア派。初めデモステネスと協調したが,のち彼を告訴。アテナイ敗北後捕らえられ,殺された。皮肉と機知に富む演説で名をなした。

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世界大百科事典 第2版の解説

ヒュペレイデス【Hypereidēs】

前390か389‐前322
アテナイの弁論家。リュクルゴスデモステネスと協調して,マケドニア勢力のギリシアへの進出を阻止するために活躍した。しばしば外地へ赴いて同盟結成を訴え,前340年アテナイがマケドニアに宣戦すると,私財を投じて三段橈船を仕立ててビザンティン攻防戦に参加したり,前338年アテナイ側の敗北後も抵抗を続け,奴隷を解放して市民軍を強化する提案を行ったりした。熱狂的,非妥協的で,デモステネスのとった現実的な政策と相入れなくなり,前323年初めには盟友である彼を収賄の疑いで告訴,勝訴した。

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