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ピエトロ・ダ・コルトナ Pietro da Cortona

世界大百科事典 第2版の解説

ピエトロ・ダ・コルトナ【Pietro da Cortona】

1596‐1669
イタリア,盛期バロックを代表する画家,建築家。本名ベレッティーニPietro Berrettini。コルトナ生れ。フィレンツェで建築家コンモーディA.Commodiのもとに学び,彼とともに1612年ごろローマに行く。ローマでラファエロを学び,トリノ出身の貴族カッシアーノ・ダル・ポッツォの保護を得て盛期バロックの大装飾様式を完成した。代表作パラッツォ・バルベリーニの大広間の《神意の勝利》(1633‐39)は,ベルニーニボロミーニとの共同制作で,イリュージョニスティックなバロック天井画の範例となった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のピエトロ・ダ・コルトナの言及

【イタリア美術】より

…同じく建築家F.ボロミーニ,G.グアリーニは,曲線にみちた流動的な空間を創造し,建築の概念を革新した。画家ではピエトロ・ダ・コルトナ,A.ポッツォが,イリュージョニスティックな天井画を描いて信者を天国へと誘った。バロック美術
【18~19世紀】
 18世紀は,ベネチアが,印象主義の真の祖とも呼びうる〈ベドゥータveduta(眺望画)〉によって,現代を予告している。…

【バロック美術】より

…カトルメール・ド・カンシーをはじめとするフランス18世紀の美術批評家は,アカデミズムの理念に立っており,またイタリアのミリーツィアは,古典古代とルネサンスの芸術を最高の規範とし17世紀の芸術を堕落と考えたウィンケルマンの思想に傾倒した新古典主義の批評家であった。このように美術批評におけるバロック概念は,古典様式と明白に対立した17世紀のベルニーニ,ピエトロ・ダ・コルトナらの芸術を否定する,18世紀イタリアとフランスの新古典主義的批評家たちによって形成されたものである。これが,今日多様化しているバロック概念の原点である。…

【ピッティ美術館】より

…1860年のイタリア王国の成立でサボイア家の所有に帰し,王宮となったが,1919年にビットリオ・エマヌエレ3世により国家に寄贈され,国立美術館として広く一般に公開されるに至った。コレクションは,メディチ家の歴代大公と,その跡を継いだロートリンゲン(ロレーナ)家によるもので,ラファエロ,ティツィアーノをはじめとするイタリア・ルネサンスおよびバロック期の数多くの絵画からなり,ピエトロ・ダ・コルトナらが装飾を施した豪華な諸間に家具調度品とともに展示されている。【生田 円】。…

※「ピエトロ・ダ・コルトナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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