フランスの城。オアーズ県、コンピエーニュの森の南東端にある小村ピエルフォン所在。この地にはすでに12世紀ごろに城塞(じょうさい)があったといわれるが、城の歴史が明確になるのは、シャルル6世(在位1380~1422)が弟のルイ・ドルレアンにこの地方と城を与えてからである。その後、城主はアンリ4世の寵姫(ちょうき)ガブリエル・ディトレの父親アントアーヌ・ディトレとなったが、その息子フランソアは王に背いて滅亡した。城は廃墟(はいきょ)となって放置されていたが、1813年にナポレオン1世が300フランで買い取り、57年にはナポレオン3世が当時の高名な建築家ビオレ・ル・デュックに再建を依頼、84年に完成した。城はほぼ方形で、八基の塔をもつ城壁と天守塔は往時の正確な修復だが、城内の建物、天守内部などはネオ・ゴシック様式の創作である。かつての城に用いられていた彫像類が展示され、多くの観光客を集めている。
[濱谷勝也]
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