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フィニグエラ フィニグエラFiniguerra, Maso

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フィニグエラ
Finiguerra, Maso

[生]1426.3? フィレンツェ
[没]1464.8? フィレンツェ
イタリアの金工家,版画家。 L.ギベルティがフィレンツェのサン・ジョバンニ洗礼堂東側扉を製作した際の協力者といわれる。銀に黒エナメルを使用したニエロ技術を用いた作品や象眼細工の下絵で知られているが,正確な生涯,作品は不明。晩年には A.ポライウオロに協力した。 G.バザーリの記述により銅版画の発明者とみなされていたが正確ではない。

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世界大百科事典 第2版の解説

フィニグエラ【Maso Finiguerra】

1426ころ‐64ころ
イタリア,フィレンツェの金工師,工芸意匠家。父親および,たぶんギベルティに金工技術を学ぶ。彫刻を施した金属板に黒色の練り物をすり込んで図柄を見せるニエロの制作においてとくに名高く,後にチェリーニやバザーリの称賛するところとなった。バザーリはまた,フィニグエラをエングレービングの創案者としているが,今日この説は採らない。しかし,銅版画が最も早く流行したフィレンツェで,この技術の発達に彼が重要な役割を果たしたことは事実である。

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世界大百科事典内のフィニグエラの言及

【印刷】より

… 凸版形式と反対の凹版は,金属板の表面にきずをつけ,くぼんだところにインキをつめて紙に移す方法で,金属細工にその発祥をもとめることができる。すなわち銀の板あるいは金の板に絵模様を凹刻し,刻線に他の金属をすりこむ細工から,15世紀の中ごろイタリアのM.フィニグエラが彫刻凹版印刷を思いついたとされている。現在の凹版は彫刻とエッチング(食刻)の二つに大別されるが,さらに細かい技法が工夫され実用になっている。…

【凹版】より

…後者の写真製版によるものはいわゆるグラビアである。 15世紀の中ごろ,イタリアのM.フィニグエラが,金属面の刻線に土の粉をつめて溶かした硫黄を流しこむとオリーブ色を生じ,その上に湿した紙をのせローラーを転がせばその色が紙に移ることを発見したのが彫刻凹版を発明する動機となった。彫刻凹版は,紙幣,郵便切手,証券など実用的なものと,芸術的な作品の創作に利用するものとに分けることができる。…

【ニエロ】より

…前記のように彫刻された金属板にニエロの代りにインキを塡め,紙に押し写せばニエロ版画になるが,印刷機の圧力によって銀のような軟らかい製品の歪みを避けるために,一度硫黄の鋳型にとって,それを原版にしたと考えられる。ルネサンスの美術家伝の著者G.バザーリがこれを銅版画の起源だと考えてその作者をM.フィニグエラとしたのは誤りであったが,イタリアの初期銅版画にニエロ技術の影響は認められている。ニエロ版画はイタリアの15世紀後半から16世紀初頭までで,小型であること,数が少ないことが特徴。…

※「フィニグエラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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