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ベナセラフ ベナセラフBenacerraf, Baruj

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベナセラフ
Benacerraf, Baruj

[生]1920.10.29. ベネズエラ,カラカス
[没]2011.8.2. アメリカ合衆国,マサチューセッツ,ボストン
ベネズエラ生まれのアメリカ合衆国の免疫学者。5歳でパリに移住。アメリカのコロンビア大学に入り 1942年に卒業,翌 1943年アメリカの市民権を得た。1945年にバージニア医科大学で医学の修士号を取得,パリのブルセ病院,アメリカ国立衛生研究所などを経て 1970年にハーバード大学医学部フェビアン記念教授。免疫反応,特に自己免疫疾患の機構解明に寄与した業績で,ジョージ・D.スネル,ジャン・ドーセとともに 1980年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベナセラフ
べなせらふ
Baruj Benacerraf
(1920―2011)

アメリカの遺伝学者。ベネズエラのカラカスに生まれる。5歳のときパリに移住、初等、中等教育をパリで受けた。1940年アメリカに渡り、1942年コロンビア大学を卒業、1945年バージニア医科大学で学位を取得、1943年にはアメリカの市民権を得た。コロンビア大学で研究員を務めたのち、1949年パリのブルセー病院に移り、免疫学の研究を続けた。1956年アメリカに戻り、ニューヨーク大学医学部の病理学準教授(1958)となり、1960年教授に昇格した。その後、国立アレルギー・感染症研究所を経て、1970年にハーバード大学医学部の病理学教授となった。
 抗体の産生と遺伝の関係については、1940年代にG・D・スネルによりマウスのH‐2遺伝子(抗原)が発見され、また、1950年代にJ・ドーセによりヒトのH‐2遺伝子であるHLAが発見されていた。ベナセラフは、それらの働きについて研究した結果、特定の遺伝子の存在を明らかにし、その「免疫応答(Ir)遺伝子」が免疫系において重要な役割を担っていることを発見した。1980年に「免疫を調整する、遺伝的に決定された細胞表面の構造に関する発見」により、スネル、ドーセとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。[編集部]

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