遺伝(読み)いでん(英語表記)heredity

翻訳|heredity

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

遺伝
いでん
heredity

一般にはなんらかの特性が親からその子孫に継承される生物学的過程をいう。性的な再生産を行う生物の場合,子孫は親の正確な複製ではなく,通常,数多くの側面でさまざまに異なる。遺伝と変異は同じコインの裏表で,遺伝学の対象である。遺伝学は,遺伝子が作用し,親から子孫に伝えられるあり方を研究する。近代の遺伝学は,遺伝子の行動メカニズム,すなわち,遺伝物質が細胞内の生理学的反応にどう影響しているのかも研究対象にしている。多くの言語で,生物学的な形質の「遺伝」と財産の「相続」の両方に同じ単語をあてている。しかし,生物学的な遺伝と法的な相続はまったく異なる過程である。相続の対象となる財貨は,実際にある所有者から次の所有者にそっくり渡される。これに対し,子孫が親から受継ぐのは遺伝子の構成である。この継承された遺伝子,すなわち個人が両親から受継いだ遺伝子の総和は,遺伝子型と呼ばれる。これと対照的なのが,体の構造や生理学的な過程,行動など,有機体の外的な様相である表現型である。遺伝子型によって,ある生物が発現していく形質のおおまかな限界は決るが,実際に発現する形質,すなわち表現型は,遺伝子とそれを取巻く環境との複雑な相互作用に依存している。個体を取巻く内的および外的な環境は常に変動しているため,表現型も変化し続けている。そのため,同一の個体でも幼年期,成年期,老年期には別々の表現型を呈する。一方,遺伝子型は個体の生涯にわたって変らない。遺伝子研究では,観察可能な特性 (表現型) がどの程度細胞内の遺伝子のパターン (遺伝子型) によるものなのか,どの程度まで環境の影響で立現れたものなのかを解明することが非常に重要である。
遺伝の本質は,遺伝情報の運び手である遺伝子を再生産することである。それによって人間を初めとする生物学的有機体は,自分自身に似た有機体を再生産する。人間の子供は常に明らかに人間であって,親の表現型に似た表現型を有する。一方,性的な再生産を行う生命体の子孫は,両方の親からさまざまな組合せの遺伝物質を受取っているため,2体の子供が (一卵性双生児は別にして) まったく同一の遺伝子型を有することはない。こうした遺伝的多様性は,同じくらいさまざまな環境によって常に修正されるため,結果として生ずる表現型がまったく同一であることは,たとえそっくりな双子の間でさえあり得ない。遺伝学は,しばしば生物学のかなめの科学と呼ばれるが,必ずしも生物学の分野で最も根本的であるというわけではなく,それがほぼすべての生命研究に影響を与えていることを示唆しているにすぎない。人類学や医学,生化学,生理学,心理学,生態学,組織学,比較形態学,古生物学など,いずれも遺伝子学との共通部分がある。これほど多数の基礎的あるいは理論的な科学と同様に,遺伝学にも数多くの実際的および潜在的な応用分野がある。遺伝的障害の解明や予防と改良された作物や家畜の育成は,そうした応用の一例にすぎない。遺伝に関する知識は有史以前にさかのぼり,何世紀にもわたって植物や動物の育成に応用されてきた。しかし遺伝機構の大半は,20世紀になるまで謎のまま残されていた。遺伝子の作用の解明について開拓者的な業績が得られたのはさらに新しく,遺伝学という科学はまだ幼年期にある。

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デジタル大辞泉の解説

い‐でん〔ヰ‐〕【遺伝】

[名](スル)
生物の形質が遺伝子によって、親から子へ、あるいは細胞から次の世代の細胞へ伝達されること。遺伝子の本体であり生命現象の基本物質であるDNA(デオキシリボ核酸)が複製され、それを写す形で伝令RNA(リボ核酸)が合成され、その指令に基づいてたんぱく質が合成されることで伝えられる。
後代に残り伝わること。また、残し伝えること。
「―の財産を譲り受けるは」〈逍遥・内地雑居未来之夢〉

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百科事典マイペディアの解説

遺伝【いでん】

子が親に似ること,つまり親の形質が子孫に伝えられることだが,現代の生物学では遺伝子の伝授の現象をいう。1865年メンデルによって形質の伝わり方に法則性があり,形質に対応した遺伝子の存在を仮定すれば遺伝の現象を解析できることが示され(メンデルの法則),1926年T.モーガンにより,遺伝子が染色体上に線状に配列することが組換えの実験で証明された。現在では,遺伝子の実体は細胞内のDNAであり,DNAは細胞内で生産されるタンパク質の構造を規定して形質発現に関与するとされる。DNAはもっぱら染色体に含まれるが,色素体ミトコンドリア,その他の細胞質内の構造にも含まれ,やはり形質発現に関係して細胞質遺伝を起こす。また性染色体内の遺伝子で支配される形質は伴性遺伝する。

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世界大百科事典 第2版の解説

いでん【遺伝 inheritance】

ネコから産まれる子はすべてネコで,決してイヌネズミにはならない。同じように,ウリの種子からはウリしか生えず,スイカやトマトが育つことはない。このように,親(または先祖)の性質が子ども(または子孫)に伝わることをふつう遺伝という。しかし,もっと身近に親子の関係を眺めると,親の性質がそのまま子どもに伝わるとは限らない。一つ一つの性質(形質という)をとっても,子どもが親にそっくり似ることはむしろまれである。

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大辞林 第三版の解説

いでん【遺伝】

( 名 ) スル
が原義〕
親の形質が遺伝子により子やそれ以後の世代に伝えられること。
あとまで残り伝わること。また、残し伝えること。 「現今存在の旧器は社寺に-する什物の外/新聞雑誌 31

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遺伝
いでん
heredityinheritance

元来はある種の形質が、親から子、子から孫へ伝えられる現象をいう。イヌの子は何代たってもイヌ、カエルの子はカエルであるのは、種特有の形質の基本的設計図が、親から子、子から孫へと伝えられるからであって、この設計図にあたる物質を遺伝質という。遺伝質は遺伝子の集合体であって、その担い手は普通、細胞核内の染色体にあるが、細胞質に存在する場合もある。
 遺伝の現象を情報伝達の過程としてとらえれば、これには親世代と子世代の間の関係(縦の関係)ばかりでなく、細胞分裂に伴う細胞と細胞との関係(横の関係)も含めることができる。遺伝子は、初め仮定上の遺伝単位であったが、分子遺伝学の進歩により、今日ではその実体が明らかになった。すなわちDNA(デオキシリボ核酸)の特定の区域であって、塩基3個からなる情報素子(トリプレット)が数十ないし数百個連鎖して構成される情報単位ということができる。[田島弥太郎]

遺伝と環境

高等生物のほとんど大部分は有性生殖を行う。この場合、雌親に由来する生殖細胞すなわち卵子と、雄親に由来する生殖細胞すなわち精子とが合体して受精卵が生じ、これが細胞分裂を行って増殖し、新しい個体を形成する。受精卵のもつ遺伝情報は、正確に同じものが生成されて新生細胞に伝えられていく。新個体形成にあたっては、両親から伝えられた遺伝質によって形質が規定されるが、この場合には多数の環境要因(物理的、化学的ならびに生物学的)の影響を受ける。たとえば、ハチやアリの受精卵が、育てられる餌(えさ)によって女王に育ったり、働きバチや働きアリに育つように、生物の形質は遺伝と環境との相互作用によって決まる。もちろん形質によってこの環境影響を強く受けるものと、比較的影響を受けにくいものとがある。生物の形質は、それが発現する過程で環境の影響を受けるが、遺伝質そのものは不変であって、環境は遺伝質まで変えることはできない。環境によって引き起こされた形質表現の変化は1代限りである。このことは、親が妊娠中にサリドマイドを服用したためにあざらし肢症(ししょう)となった患児が、親になって生む子がまったく正常であることをみれば明らかである。[田島弥太郎]

遺伝の法則

高等生物では、生殖細胞形成にあたり、雌でも雄でも減数分裂がおこって染色体数の半減がおこる。これが受精により合体して元の数に戻る。このようにして2n→n→2n→nのサイクルが繰り返される。したがって、両親から受け取る相同染色体のそれぞれを遺伝子Aとaで標識しておけば、F1(雑種第一代)個体の配偶子形成にあたり、雌でも雄でもA配偶子とa配偶子とが同数形成され、それらの機会的結合によって、その子(F2)の代にはAA、Aa、aaの3種類の個体が1:2:1の比に生じてくることが期待される。この場合AAとAaとが同じくA表現型をとるとすれば、観察される分離比は3:1である(図A)。このことをオーストリアの遺伝学者メンデルは理論的に推察し、エンドウを用いて実験を行い、その結果を統計的に分析して、1865年に推論の正しいことを証明した。メンデルの推論した機構は、有性生殖を行う高等生物にはすべて当てはまるので、「メンデルの法則」と名づけられ、遺伝現象の基本原理となっている。[田島弥太郎]

さまざまな遺伝形式

メンデルが研究の対象とした形質はすべてF2で3:1の分離を示したが、これは優性遺伝子に関しホモ型(AA)もヘテロ型(Aa)もともに優性形質を表現したためである。これに対しホモ型とヘテロ型とで表現を異にする場合がある。たとえば、オシロイバナではホモ型は赤、ヘテロ型はピンク色を示す。このような場合F2の分離は1:2:1となる。2対の形質を同時に実験の対象としてかけ合わせを行うと、典型的な場合9:3:3:1の比率で分離が行われる(図B)。ただし、二つの異なった対立形質に関する優性遺伝子の間に特別な相互作用が働く場合には、この比が変形されて9:3:4とか9:7とか12:3:1とか13:3のような分離比がみられる。[田島弥太郎]

相引・相反・連鎖

2対の対立形質のかけ合わせで、別々の親からきた二つの優性遺伝子がつねに反発して組換えがおこらなかったり、同じ親からきた二つの優性遺伝子がつねに相伴って遺伝して、その間に分離のおこらない場合などがみいだされた。前者を相反(そうはん)、後者を相引(そういん)と名づける。これは、対立遺伝子のそれぞれが、相同染色体の異なった対の上に座位する場合と、同一染色体上に存在する場合とにあたる。このようなことから、遺伝子は染色体上に相連なって座位していることがわかった。これを遺伝子の連鎖(れんさ)という。その後、これらの遺伝子の間には一定の割合で組換えがおこることが知られた。これが染色体の乗換え(交叉(こうさ))である(図C)。二つの遺伝子の存在する座位が染色体上で遠く離れているものほど、組換えのおこる率が高い。したがって、この関係を逆に利用すれば、組換え価の大きさから染色体上における遺伝子の相対的位置を定めることができる。遺伝子座位の相対位置を示す図を染色体地図という。[田島弥太郎]

伴性遺伝

遺伝子が性染色体上に存在する場合には、遺伝子の分離と性との間に特別な関係が認められる。たとえば、雄がXY型の生物では、Y染色体上に座位する遺伝子によって支配される形質は、雄親から雄の子へと伝えられるが、X染色体上にある優性遺伝子をもつ雄を劣性の雌と交配させると、生まれる子のうち雄は雌親型、雌は雄親型となり、いわゆる十文字遺伝がみられる(図D)。[田島弥太郎]

連続変異

メンデルが実験に選んだエンドウの形質は、丸粒とか、しわ粒のように明確に区別できる形質であったが、生物の形質はこのようなものだけではない。たとえば、ヒトの身長や体重とか、ある種の酵素活性のように、その表現が小さいものから大きいものまで連続的で、どこで区別したらよいかわからないものがある。このような例では、多数の協力しあう遺伝子(同義遺伝子)が関係している場合が多い。このような場合、すべての遺伝子が等価に働くという理想的なモデルを考えると、数学的取扱いに便利である。数量的形質の表現は、遺伝子によるもの(遺伝変異σG2)のほかに、環境条件によってもたらされるもの(環境変異σE2)がある。生物の示す全変異に対する遺伝変異の割合を遺伝率h2というが、これは統計量の分散から次式で求めることができる。
  h2=σG2/(σG2+σE2+σGE2) (ただしh2は0~1)
 遺伝率は、発現される形質がどの程度遺伝に基づくものであるかを知るうえで便利なものである。[田島弥太郎]

細胞質遺伝

遺伝質を担う物質が染色体外に存在する場合には、メンデルの遺伝法則は適用されず、偏母(へんぼ)性の遺伝を示す場合が多い。このなかには細胞質遺伝や感染性遺伝が含まれる。細胞質遺伝の好例は斑入(ふい)りオシロイバナの場合である。この植物では1本の株に全緑の葉、全白の葉、斑入りの葉があり、枝により異なる。全緑の枝に咲いた花から自家受精で採種すれば次代は全部全緑株、全白の枝からの次代は全白の苗しか生じない。また、斑入りの枝に咲いた花を自家受精すると、次代には斑入り株、全緑株、全白株が生ずる。また、斑入り雌×全緑雄のF1もこれと同様斑入り株、全緑株、全白株を生ずるが、その逆交雑では全緑のみである。
 この現象は、斑入りが細胞質内に存在する葉緑体上の突然変異遺伝子に原因するとすれば、よく説明される。この例では、葉緑体は卵細胞からは伝わるが、花粉からは伝わらない。しかし、テンジクアオイの斑入りの場合は花粉からも葉緑体が持ち込まれるという。[田島弥太郎]
『田中義磨著『基礎遺伝学』訂正35版(1982・裳華房) ▽小野記彦編『現代生物学大系13 細胞・遺伝』(1966・中山書店) ▽関口睦夫著『核酸と遺伝』(1980・培風館)』

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世界大百科事典内の遺伝の言及

【血液型】より

…現在,血液型は広義,狭義二つの使われ方をしている。すなわち狭義には,(1)ヒトその他の赤血球抗原の多型(一生物集団内に多数の遺伝的な型が共存する現象)についていう。つまり赤血球膜に存在するある種の抗原の構造のちがい(特異性)によって決められる遺伝的な個体差(型)で,それが同一集団内でかなりの頻度で認められるようなものをさす。…

【人類遺伝学】より

…人類における遺伝現象を研究する医学,生物学の一分野で,ヒトの生命現象とその変異遺伝子染色体との関連のもとに研究する学問である。 ヒトの遺伝子の大部分は細胞の核の染色体に存在し,両親はそれぞれ自己の遺伝子の半分を,精子と卵子(配偶子)の染色体を通して子に伝達する。…

※「遺伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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